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第35話

 きっとそうに違いないと思ったのだけれど、どうやら違ったらしい。 「ばっ、ちがっ……いかねぇよ!」  千聖が見当違いなことを言ったからか、怒りのせいで顔を真っ赤にした翔護は噛みつくように否定する。  千聖の手の下でびくりと震えた翔護の手は、それでも振りほどかれたりはしなかった。  幼い頃は何もなくてもよく手を繋いでいて、懐かしさがこみ上げてくる。当たり前だけれど、あの頃よりも翔護の手は随分と大きくなっていて、自分の手の大きさとの違いにドキドキする。 「今度、キャプテンに一緒に行ってもらえるようにお願いしようか?」 「は⁉ なんであいつが一緒なんだよ! 俺はお前と……あ、いや。別にキャプテンと行きたいわけじゃねぇから」 「そう?」  ただ単に行きたいわけではないなら、刈谷と行きたかったのかと思ったけれど、これもまた違うらしい。翔護の顔は、さらに赤さが増してしまった。  翔護は、千聖が刈谷の話題を出すと高確率で不機嫌になる……ような気がした。  刈谷は千聖にとって面倒見の良い兄のようなイメージが強いけれど、彼の実力は本物で、プロのスカウトのみならず海外からのオファーもあると聞いた。  翔護は間違いなくこのチームの要だったけれど、それでも刈谷にはまだ敵わない。  同じフィールドに立つものとして、ライバル視をして拗ねているのかもしれないと思うと、一気に翔護が可愛く見える。  翔護が刈谷をライバル視している、というのは正解だった。  でも、千聖が思う理由とは少し違う。  そんな翔護の気持ちに気づかず、千聖は自分の恋心に精一杯で、隣りに座る彼との時間に胸を高鳴らせることで忙しい。  こうしてふたりで話していると、あの頃のような関係に戻るまであと一歩のような気がして期待してしまう。  千聖のスポーツバッグの中には、いつでも『翔護としたいことノート』が入っていた。今みたいにふたりで並んで座り、そのノートの中身を一緒に見ることが出来る未来まで、あと少しかも知れない。  どんどん、翔護が好きになる。どんどん、どんどん、想いは加速して止まらなかった。  翔護が千聖を避けている理由だってわからないままで、彼が好きな人のことだって聞けていないけれど、もうそんなことどうでもいいくらい、翔護が好きだ。  あの頃よりも、ずっとずっと。自分が、翔護を世界で一番好きだって自信がある。  昔のようになれたらいい、翔護の想い人が誰かを知ることができたら、  最初は本当にそれでよかったけれど、今はそれだけでは全然足りない。  人間は欲深い生き物だという。でも、千聖はその中でもずっと欲深いに違いない。  翔護の心の中には別の人がいる。それでも、こうして一緒にいたら、一番近くに千聖がいたら、自分を好きになってくれるかもしれない。

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