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第39話
トン、トン、と一定の間隔で聞こえてくるボールの音。
いつもはベッドの中で静かに目を閉じて聞くだけだった子守歌。
住宅街の中でも少しはずれた場所にあるこの家は、すぐ裏が林になっていて、夜の香りに混じって虫の音がよく聞こえる。
つい最近まで心地よさを感じていた夜風には、肌にまとわりつくようなじっとりとした熱気が合わさり、梅雨の訪れを近くに感じた。
首筋にうっすらと滲み始めた汗を手のひらで拭い、千聖は一瞬も見逃すまいと目の前の男を見つめ続けた。
足に乗せてから、翔護は一度も地面にボールを落としていない。
見過ぎ、と千聖の視線に照れながらも、それが良いプレッシャーになっているのだろう。
集中力が高く、持続性があるのも翔護のプレイヤーとしての長所の一つだ。集中状態に入るのも早いし、フィールドに翔護がいると皆が良い緊張感を持ってプレーできていると、顧問が褒めていたのを思い出す。
『何回できるかかぞえてて』
「……ふふ」
幼い頃を思い出す。初めて、翔護がリフティングを見せてくれたとき。
最初は、片手の指で数えられるほどしか出来なかった。それが、両手の指で数えられるようになって、いつの間にか両手の指では足りなくなって、今では途中で数がわからなくなってしまうほど長い時間ボールを操れるようになったけれど、ボールに触れる翔護の表情は、あの頃と少しも変わっていない。
生き生きとして、心の底から楽しんでいる。
そんな翔護を見ていると、自然と千聖も笑顔になった。
仕舞っておこうと決めたはずの想いが、懐かしさに誘われて胸の奥からむずむず、うずうず溢れ出してくる。
(今なら、今なら聞けるかもしれない。聞いても、いいかもしれない)
こくん、喉が鳴る。
緊張に乾燥した唇を舌先で舐めて、千聖は勇気を振り絞るように拳を丸めると身を乗り出した。
「しょ、しょうご……!」
トッ、トッ、とボールを軽く捌きながら、翔護が視線だけで千聖を見る。
ごく、と喉が鳴る。
「翔護の好きな人って、誰?」
「――っ、は⁉」
ドッと鈍い音がして、ボールが明後日の方向へ飛び出した。
動揺した翔護の足下が狂い、コントロールを失ったボールが大きく弧を描きながら千聖に向かって飛んでくる。
「ちぃっ……!」
「ッ」
本当にびっくりしたとき、人は何の反応も出来ないのだと身をもって感じた。
逃げようと思っても体は少しも動かず、ただぎゅっと目を瞑り現実を受け入れるしかない。
鉄の塊ではないから、多少の痛みは感じても大事には至らないはず。そう覚悟を決めた千聖を襲った衝撃は、ひどく優しいものだった。
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