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第40話
ふにゅ、と唇に触れる柔らかい何か。それから、体の上に感じるあたたかい重み。
ひっくり返った拍子に、ごちっと打ち付けた後頭部だけが少し痛い。
「あ……しょ、ご」
「――ッ」
おそるおそる開いた瞼の先、千聖の瞳いっぱいに映るのは真っ赤に染まった翔護の顔だ。
「わりっ……!」
自身の唇を手の甲で覆う翔護。その反応に、千聖は自分の唇に触れた柔らかいものの正体が彼の唇だったのだと知った。
ぶわっと体が熱くなる。全身が、まるで沸騰したように熱い。
ボールが千聖に向かって飛んでいったのを見て、翔護は咄嗟に自分の体で千聖をかばったけれど、人工の芝に足を取られて、ふたりはそのまま室内へなだれるような形で倒れ込んでしまったのだ。
お互いの初めてを奪ったハプニングキス。
驚きに、至近距離で見つめ合ったまま目が離せない。
重なった心臓の音は、どちらのものかわからないくらいドキドキしている。
翔護のドキドキは衝撃に対する驚きで、自分と同じものではないとわかっている。
わかっているけれど、千聖の心臓まで震わせる激しい鼓動を感じると、もしかしたら翔護も自分を好いていてくれるのではないかと錯覚してしまう。
顔の横についた腕に触れると、彼の体はびくりと大きく震えた。するりと撫でるように掴むと、くっと堪えるように顔を顰め目を瞑るけれど、次に瞼を開いたときその瞳からは迷いが消えていた。
「ちぃ」
ゆっくりと近づく唇。
「しょ……」
息を吸い込むと同時に唇を塞がれる。
最初は窺うように触れるだけ。ちゅ、ちゅ、と何度もくっついては離れ、互いの熱い吐息で唇がしっとりと濡れはじめたら、今度は啄むように食んでくれる。
首に腕を回すと背に回った翔護の腕にきつく抱きしめられて、ふうっと大きく息が零れた。
「んぅ、……っふ」
掻き抱くように何度もお互いの体を抱きしめて、絡まり合って、繰り返しキスをする。
密着した体の間で下半身が反応しているのがわかったけれど、それは翔護も同じようで、かたい熱が千聖の熱に重なっていた。
体を捩らせるたびに擦れ合う気持ちよさにぼうっとして、離れそうになる翔護を引き寄せては何度も深く唇の中を探る。
「ちぃ……」
名前を呼ばれて、熱っぽい瞳に見つめられて、ドキドキが止まらない。
「しょうご」
もっともっとくっつきたくて、触れていたくて、首に回した腕を引き寄せようとするけれど、その腕は翔護の腕に掴まれて引き剥がされてしまう。
「ちぃ」
翔護が名前を呼んでくれる。千聖は、ふにゃりと微笑みで返事をした。
「俺、好きなやつがいるんだ」
びくっと体が跳ねる。
「ダメ元でも、告白してみようと思ってる」
翔護の言葉は、夢見心地に浮ついていた千聖を地獄へ突き落とすには十分だった。
ふわふわの雲の上から、突然、放り出されたみたい。体は冷えて、息が苦しい。きゅっと締まった喉からは、何の音も発せなかった。
全身から血を抜かれたみたいに真っ青になった千聖の頭の中で、ビーッとけたたましくホイッスルが鳴る。
それは試合終了の、千聖の失恋を知らせる無情な笛の音だった。
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