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第44話
幼い頃は、なんでも翔護に話していた。些細なことを、本当になんでも。算数で九九が言えるようになったと、翔護に全部言って聞かせたことだってある。
それが、彼の反応を気にして、すべてを話せなくなったのはいつからだろうか。
(友達じゃなくて、幼なじみじゃなくて。恋する相手として好きだって、恋心を自覚したときから……)
今の翔護と千聖に足りないのは、コミュニケーション。
刈谷の言うことはもっともだと、頭では理解できる。
それでも、やっぱり……怖い。
「お互い素直になれば、お前たちはうまくいくと思うよ」
本当にそうだろうか。
(素直になるだけでうまくいく。なんて、そんな無責任なこと)
「……」
店を出て、電車通学である刈谷と駅で別れると、千聖は刈谷の言葉を反芻しながら帰路についた。
空はすっかり夜の色で、遠くにうっすらとオレンジが滲んでいるのが見える。
言われていることはわかる。
そうなんだろうって理解も出来る。
でも、自分たちのことに当てはめてみると、千聖は刈谷の言葉がいまいちぴんとこず、言われた言葉の意味を考えあぐねながら歩いた。
(会話、話し合い、コミュニケーション……ああ、もうっ! そんな風に言われてもわからないよ)
頭がぐちゃぐちゃになって、混乱のまま自暴自棄になりそう。
そもそも、刈谷は他人事だからそんな簡単に言うけれど、それができたらきっとこんな風にこじれてはいないのだ。
街灯のつきはじめた道を歩き、ようやく自宅へたどり着きそうになったとき、暗闇に誰かいるのが見えた。
しかも、千聖の家の前に。
(え、何)
怖い。
この辺りは住宅街で、家同士の距離が近く密集している。街灯も多いし、常に人の気配があるから変質者の類いはあまり聞かないのだけれど。
「……」
ちょうど光の影になっていて、顔がよく見えない。
これ以上近づかず、家に連絡を入れようか。
でも、この時間はまだ母しか家にいないはず。その状態で怪しい人が家の前にいるなんて伝えても、怖がらせるだけだ。
幸い、少し道を戻れば交番があって、さっき前を通ったときには中に警察官がいるのが見えた。不審な人物がいると言えば、すぐについてきてくれるだろう。
(よし、いったん交番に……)
そう、踵を返そうとしたとき、人影が動く気配がした。
竦んだ足でなんとかその場を逃げだそうとして、千聖はぴたりと足を止める。
「翔護?」
街灯の明かりの下に、その姿が晒される。
煌々とした明かりに照らされて立っていたのは、翔護だった。
「あれ、どうしたの?」
さっきまでの竦み足が嘘のように今度は急いで駆け寄って、スポーツバッグの内ポケットからスマートフォンを取り出す。連絡に気付いていなかったのかと慌てるけれど、ロック画面に通知はなく、メッセージアプリを開いてみても翔護からの連絡はなかった。
翔護は何も言わず、ただ千聖のことをじっと見つめている。
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