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第47話

 ◇◇◇ (う~ん……?)  難しい顔で、千聖は住宅街を歩いていた。  いつもの通学路とは、今日は少し違う道だ。  肩から掛けた学校指定のスポーツバッグ。その両手にはボストンバッグが一つと保冷バッグが二つ握られていて、ただ登校するだけならこんなに大荷物にはならない。  修学旅行でも合宿でもないのに、朝からこんな大荷物であるのには、れっきとした理由がある。  登校前に、翔護の家に立ち寄らなければならないという理由が。  この先、家族で訪れることはあっても、もう千聖ひとりでお邪魔することなんかないと思っていたのに。 (はぁ……求めていないときこそ、チャンスっていうのは巡ってくるものなんだね)  サッカーの試合でもそうだ。チャンスがいつ訪れるかなんて、誰にもわからない。それをうまく自分のものに出来るかは、選手の力量に掛かっている。  でも今の千聖には、その気まぐれに与えられたチャンスを結果に結びつけられる自信はなかった。  ぷつりと切れてしまった集中力という糸をつなぎ合わせるのには時間が掛かるし、一度出た結果を覆すのは難しい。  翔護には好きな人がいる。でも、それは自分ではない誰かで、翔護はその人に告白をしようとしている……。 「……」  翔護の顔は真剣だった。彼の心は、もう決まっているのだ。焦った千聖が今さら気持ちを伝えようとしたって遅い。  広がる青空にはクリームパンみたいな雲がひとつ美味しそうに浮かんでいるのに、千聖の心はちっとも晴れなかった。  試合終了のホイッスルが鳴っても千聖は翔護のことばかり考えていて、しかも、これからさらにつらい思いをしなければならないのだ。考えるだけで心はひどく重たくなっていくのに、渋る心とは裏腹に足は動きを止めず、目的地に向かってまっすぐに向かっていくのだから憎たらしい。  このまま知らん顔をして家の前を通り過ぎてしまおうか。  そのまま学校へ行って、何事もなかったかのように一日を過ごして自分の家に帰ろうか。  そう、両手に持った荷物をぎゅっと握りしめたとき―― 「ちぃ」  名前を呼ばれて、ぎく、と立ち止まる。 「……翔護」  内藤家の門の前に、翔護は立っていた。まるで、千聖を待っていたみたいに。  とくん、心臓が跳ねる。  ああ、嫌だ。  もう終わったって、もう遅いんだって理解しているのに、どうしてこんな些細なことでこんなにも鼓動が跳ねてしまうんだろう。  その先に待っているのは後悔しかないのに、毎回同じようなことばかり繰り返してしまうのは、頭ではわかっていても完全には諦め切れていない証拠だ。 「荷物こんだけ? 持つ」 「え、あっ……ちょ!」  千聖からボストンバッグを奪い取った翔護はさっさと家の中に入っていってしまって、片手の空いた千聖は慌ててその手を伸ばすけれど、玄関ドアは無情にも翔護だけを吸い込んで閉じてしまった。

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