48 / 70
第48話
「あ……」
まるで、人質を取られたみたいだった。これでは、翔護の家に帰るしか選択肢はない。
(いや、置いて帰っても良いんだけど……)
最悪、家族に取りに来てもらうって情けない選択肢もないわけではない、けど。
「それ、弁当?」
「え? あ、うん」
しっかり施錠をして戻ってきた翔護は、千聖の右手にある二つの保冷バッグを指さす。
千聖は、そのうちの一つを翔護へと手渡した。
「サンキュ」
「……」
覗く白い歯が眩しい。にっと嬉しそうな笑みを向けられて、千聖は目をチカチカさせた。
目の前にいるのは、本当に翔護?
まさか、宇宙人に意識が乗っ取られているんじゃ……。
そうあり得ない妄想で疑ってしまうほど、千聖にとって翔護の変化は衝撃的だった。
でも、変わったというよりは、まだ二人の関係がギクシャクする前に限りなく近く戻った……と言う方が正しいかもしれない。
戻りたいと、確かに願ったことではあるけれど。嬉しい気持ちよりも『どうして?』という疑問が先行して、素直には喜べない。
「今日から、またよろしくな」
〝今日から〟その言葉に、千聖の心は複雑に跳ねた。
「うん……」
翔護は、心なしか楽しそうに見える。
翔護の母・さゆみが再び夫の単身赴任先へと行くことになり、今日からふたりはまた内藤家で一緒に過ごすことになった。同棲ごっこ再びだ。
その話を自分の母から聞かされたとき、千聖は手放しで喜べなかった。むしろ、嫌だなって無意識に身を引いてしまったくらいだ。
あの三週間、千聖が内藤家で何か特別なことをした記憶はなく、最初に翔護が言ったとおり彼は一人でも問題なく日々を過ごせていた。
だから、千聖は母にそれとなく進言してみたのだけれど――。
「翔護、ひとりでも大丈夫そうだったよ? それに、ぼくが一緒にいたんじゃ気が休まらないんじゃないかな」
たまには一人の時間も欲しいんじゃない? と指を擦り合わせると、母は目を丸くして、それからふっと笑みを零した。
「前回はあんなに楽しみにしてたのに、どうしちゃったのかしら?」
「うっ……ぼくたちももう子供じゃないんだし、翔護だっていつまでも幼なじみと一緒じゃ嫌でしょう……」
「なに言ってるの。まだまだ子供でしょう? またケンカして。仲直りするにはちょうどいいわ。それに、今回は翔護くんが是非って言っているのよ」
「え」
前回と逆ね。と母は息子の頭を撫でて、
「一週間だけよ、夏休み前には帰ってくるって。さゆみちゃんが心配しちゃうから、早く仲直りしなさいね」
と本音を零した。
「……お母さんのバカ」
「何か言った?」
息子の都合よりも、幼なじみを取る母は今に始まったことではないけれど、どうしたって恨み言は漏れる。
どうやら今回は翔護の方が乗り気らしいと知れば、どうにも千聖は分が悪かった。
ともだちにシェアしよう!