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第49話

 前回とは真逆の状況に笑うしかないけれど、千聖だってわざわざ自分からつらい思いをしに行くことは避けたくて、どうにかこうにか回避を試みたもののうまくいかず、こうして押し切られるまま当日を迎えてしまったわけだった。  今度の期間は一週間。前回の三分の一。  それでも、今の千聖にとっては希望いっぱいだった前回の三週間よりも、今回の一週間の方がきっと長く感じるはずだ。失恋した相手とふたりきりなんて、ある種の拷問でしかない。  前回の同棲ごっこが終わり、ふたりの関係はまた『仲の良くない遠い親戚』に戻るかと思いきやそうではなかった。  千聖には、気になっていることがある。 「ちぃ」  それは、翔護がまた千聖を『ちぃ』と呼び始めたこと。  今日も弁当を作るつもりはなかったのに『翔護くん、千聖のお弁当楽しみだって言ってたわよ』なんて言われては、作らないわけにもいかず。 (いや。だって、そうでしょう? 母さん経由で言われたら断りづらいし、自分の分のついでって考えれば……)  なんて、そう未練たらたらでいるから良くないのだと、自分が一番わかっている。  実家では毎日母が弁当を作ってくれていて、自分で作ったことなんてなかったくせに、ついでだなんてどの口が言っているんだ。  別に義務ではないし、強制されたわけでもない。家族でもない千聖が作ってあげる義理もないのだから断れば良かったのに、やっぱりまだ簡単には諦めきれず、こうして泊まりの荷物を置くついでと理由をつけて、律儀に弁当を渡しに来てしまった。  目的のものは受け取ったはずなのに、一向に出発しない翔護に千聖は首を傾げる。  前回のとき、翔護は千聖と一緒に登校することを嫌がった。  だから、少し時間をおいてから行こうと千聖はその場で待っていたのだけれど。 「一緒に行こうぜ」 「え⁉」  脊髄反射でぱっと顔が輝いてしまうけれど、すぐに思い直して緩んだ頬を引き締める。心の中で両の頬を思い切り叩けば、少しは冷静になれた。  翔護には好きな人がいる。千聖を誘ったのも、弁当だけ受け取って「はい、さようなら」と置いていくわけにはいかなかった……きっとそれだけ。 「なんだよ、びっくりした顔して。早く行こうぜ、遅刻しちまう。今日の朝練から、新しいメニューやるっつってたろ。あれさ……」 「……」 (びっくりするに、決まってるでしょ)  いつもより饒舌な翔護は、ご機嫌に見える。別に千聖の目にフィルターが掛かっているからではなくて、他の誰が見てもきっと同じように感じると思う。  なにが翔護をそうさせているのか、千聖にはまったく見当がつかなかった。  もしかして『告白してみようと思ってる』その相手となにか良いことがあったんだろうか。  千聖が知っている中で翔護の機嫌を良くすることといえば、それしかなかった。  だから、千聖にもおこぼれで優しくしてくれている? 「ん? ちぃ、どうした? お、寝癖」  ひょい、と後頭部を撫でられて「変わんねぇな」って、そっちこそ変わらない笑顔を向けられたら、ときめかないわけがない。  何気ない翔護のその態度で、千聖は一喜一憂しているっていうのに。どうしてそんなに期待を持たせるようなことをするのか、若干いらいらしてきてしまう。  でも、それでも……心を乱されこそすれ、嫌いにはなれないのだからどうしようもない。そんな自分に千聖は一層いらいらするのだった。

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