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第50話
◇
朝練が終わり、部室を出る翔護の後ろ姿を視線だけで追う。迷った末に、千聖は追いかけるように部室を出て、以前と同じように別館の裏へ向かった。
この場所へ訪れるのは久しぶりだ。
最初の同棲ごっこが終わってからは翔護のために弁当を作ることもなくなり、行く理由がないと思ったのもあるけれど、なにより、千聖自身の気持ちの整理がつかず自然と足が遠のいてしまっていたのだ。
これまで通り、翔護が部室を出てから時間をおいて教室へ向かう。そんな同棲ごっこ以前の生活に戻っていたけれど、そういえば、千聖が教室へ入っても翔護はまだ来ていないことの方が多かった。
(なんでだろう)
教室内では、姫宮と紬麦が仲良く始業前の時間を過ごしていたから、もしかしたらその輪の中に入りづらかったのかも知れない。
きっぱり諦められたら良いのに、気がつくとこうしてずるずると後ろ髪引かれるように翔護のことばかり気にして、今日だって迷いも早々に彼のあとをついていってしまう自分が嫌だ。
翔護は、あのときと同じ段差に座っていた。膝の上には、千聖の渡した弁当箱が乗っている。
千聖が隣りにやってきても、翔護は何も言わない。無言で少しだけ端に寄って、当たり前のように千聖が座るスペースをあけてくれる。
「いただきます」
「どうぞ」
答えてみれば、翔護は朝と同じようににっと笑顔を向けてくれて、千聖は不意打ちの笑みにぎこちない笑顔を返した。
「ちぃん家のたまごやき、優しい味するよな」
「そう?」
「ん。俺ん家のは結構しっかり味ついた感じだからさ、たまご~って感じの優しい味が安心するわ」
「ふふ、なにそれ」
思わずくすりと笑みを零すと、翔護の掴んだ箸の先から、黄色い塊がぽとりと弁当箱の中へ落ちた。
「翔護? たまごやき落ちたよ」
「へ? あ、ああ……うま」
千聖を見てぼうっとした翔護は、慌てたように落ちたたまごやきを掴み直すと一口で頬張る。
「あ。うちのたまごやき、豆乳入れてるからかも。だしと一緒に豆乳を入れるとまろやかな旨味が出るらしいよ」
「へ、へぇ、そうなんだ……あち」
高い校舎の陰になっている分ここはいくらか涼しかったけれど、このところ世間の気温はぐんと上がってきていた。ぱたぱたとシャツの胸元を煽ぐ翔護の耳は、暑さのせいか真っ赤になっている。
弁当を食べる翔護を見ながら、千聖はまた思う。
(告白、したのかな)
成功、したのかな。
だから、こんなに楽しそうなのかな。
悶々とした気持ちがまた蘇ってきて、千聖は小さくため息を零すと膝の上に置いた腕を組み替えた。
「……」
翔護は、相変わらず美味しそうに千聖の弁当を頬張っていて、その姿を見るときゅんと胸が疼く。
でも――。
今度は、その人にお弁当を作ってもらうんでしょう。
こんなに美味しそうな顔をしておいて。
食べやすいように少し薄く小さい唐揚げを、今度はその人に作ってもらって同じ顔を見せるの?
(ぼくが――一番翔護のことをわかっているのに)
モヤモヤ、ズキズキ、イライラ。
胸の中がいろんな音でいっぱいで、その日、千聖は自分がどうやって一日を終えたのか曖昧だった。
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