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第51話

 ◇ (またぼんやりしちゃった)  あやうく、また洗濯機の中にユニフォームを放置して帰ってしまうところだった。  慌てて部室内に干させてもらったけれど、いつもより皺になってしまっているのは許して欲しい。  失恋したら、もっとすっきりすると思っていた。  次の恋に向かって、気持ちが切り替えられると思っていた。  なのに、千聖の心は以前よりもずっともやもやして気持ちが悪い気がする。  翔護との関係は以前に比べたら本当に良くなっていて、少しずつ修復が出来ていると思う。  それが不安の種じゃないなら、このもやもやの原因は、彼の想い人が誰なのか正体がはっきりしていないからだろうか。 「んー……」 「おお、今日は眉間に皺かぁ」 「いっ」  ぴしっと眉間を指で弾かれて、千聖は目を瞬かせた。 「キャプテン!」 「おー、お疲れ」 「お疲れさまです……じゃなくて、痛いです」 「よく言われる」  俺のデコピン痛いんだってさ、と笑う刈谷は他人事のように自分の指先を見る。  まったく笑いごとじゃないのに、痛みで少しだけ頭のもやが晴れた気がした。 「もう木崎だけ?」 「あ、はい……ぼくはちょっと洗濯を忘れていたので、部室内に干させてもらっていました」 「なるほど。それで、こんな物干し竿が並んでるわけね」 「うっ」  向かい合ったロッカーに渡すように何本も並んだ竿と、それにかかるハンガーの列をぐるりと見渡して刈谷が言う。 「すみません……そのままにしておくわけにもいかなくて……」 「いいんじゃね。洗剤の匂いで、この部屋の汗臭さも浄化されんでしょ」  着替えながら、あはは、と笑う刈谷の声が干したユニフォームの奥から聞こえてくる。 「んで、木崎はまた何か悩んでんの?」 「え?」 「眉間に皺寄せてポカするなんて、どうせまたあいつ絡みで何かあったんだろ?」 (す、するどい……) 「いえ、あの、何かというか……」  まだ翔護とうまくコミュニケーションがとれていません。とは、さすがに言えない。一歩進んで一歩下がって、また同じ場所へ戻ってきては、どうしようと指を擦り合わせてばかり。  千聖は翔護に直接告白をしたわけではなくて、彼の口から『好きな人がいて、その人に告白しようと思っている』ということを聞いただけだ。  刈谷には「ちゃんと伝えろよ」って言われていたわけだし、何も言わずにまだうじうじしていると知られたら、今度こそ呆れられてしまうかも。  ギィッと錆付いた音を立てて、ロッカーの扉が閉まる。 「話、聞くか?」  洗濯物をかき分けて出てきた刈谷は、優しい兄の顔をしていた。

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