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第52話
「とりあえず、鍵だけ返してくるから、ちょっと待って……って、うわ⁉」
先に部室を出た刈谷が大きな声を上げて、ドアノブを手にしたまま固まっている。
「キャプテン……? どうしました……え、翔護⁉」
ドアを開けた先、部室の外壁に背を預け立っていたのは翔護だった。
「……帰るぞ」
「えっ、ちょ、待って……!」
無言のまま千聖と刈谷を交互に見た翔護は、一瞬鋭く刈谷を見据えて、それから千聖の腕を掴むと問答無用で歩き出す。
強い力で引っ張られて、千聖は混乱したままついて行くしかない。足をもつれさせないようにするだけで精一杯だ。
振り返ると、背後では刈谷がにやにやと笑みを浮かべて小さく手を振っているのが見える。
「なんで」
「……」
翔護は随分前に部室を出たはずなのに。
ずっと、千聖が出てくるのを待っていたんだろうか。
(どうして)
「……これから」
「え?」
「朝と帰り、一緒な」
それはつまり……
「一緒に登下校するってこと?」
ぴたり、翔護が立ち止まる。腕を掴んだまま、翔護は不貞腐れたような顔で振り返った。
「……どうせ同じ家に帰るんだから、良いだろ」
「!」
『同じ家に帰る』
カッと顔が赤くなる。
間違いじゃない。
今は親の都合で同じ家で過ごしている。
(間違いじゃない、けど……)
そう言われると、まるで本当に同棲しているみたいでドキドキしてしまう。
一緒に登下校をしたい。
それはずっと千聖が望んでいたことで『翔護としたいことノート』にも書いていたことだけれど……。
でも、どうして、今?
翔護には好きな人がいるのに、こうして千聖にばかり構っていて良いんだろうか。
嬉しいのに、突き放されていた期間が長かったせいか素直には喜べない。
なんで? という疑問ばかりが繰り返し千聖の頭に浮かんで、余計にもやもやしてしまう。
それは強引に腕を引く翔護と一緒に内藤家へ帰ってからも晴れず、食事中も入浴中もずっと脳みそをもみくちゃにされているみたいで気持ちが悪かった。
静かな空間でさっさと眠って忘れてしまいたかったけれど、どんなときでも自主練を欠かさない翔護は律儀に雨戸を開いて千聖が来るのを待っていて、そこまでされては行かないわけにもいかない。
少し前の千聖だったら大喜びで天にも昇る気持ちだっただろうけれど、今となっては複雑としか言いようがなかった。
(眠れない……)
ごろごろ、寝返りを打つ。
自主練が終わり、翔護は一人だけすっきりした顔で「おやすみ」って部屋に戻っていった。昔から寝付きはとても良かったから、きっともう眠っただろう。
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