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第53話

「……」  ごろ、ごろ、何度寝返りを打っても、眠気は一向に襲って来ない。さっきまではあんなに眠りたいと望んでいたのに、今は一人になった静寂が余計に目を冴えさせている気がする。  翔護が眠ってしまった今、子守歌代わりのボールの音も聞こえない。  ぎゅっと目を閉じる。  羊でも数えてみたら眠れるだろうかと思ったけれど、真っ暗な視界の中で考えるのは羊の数ではなく翔護の好きな相手のことだった。 (バイトはしていないし、接点の多さで考えるなら学園内が濃厚だけど……)  部活ではチームメイトとしての付き合いは多くありそうだったけれど、特別仲良くしている人はいないように見えた。 (キャプテンのことは苦手そうだし……)  とすると、普段の学園生活の中で仲が良いのは姫宮と紬麦だ。  特に、紬麦とは中等部から一緒で一番仲が良いと思う。 (もしかして、羽村くん……?)  ダメ元でもって言っていたし……。  紬麦が姫宮と付き合っているというのは、公表されていないけれど学校全体が知る周知の事実だった。 (翔護が好きなのは、羽村くんなんだ)  もう付き合っている人がいるから、ダメ元。  そう考えると、辻褄は合う。  考えていたら、余計に眠れなくなってしまった。  ごろごろ、何度も寝返りを打つけれど、昂ぶった心のままでは一向に眠れる気配はなく、千聖はため息と一緒にベッドから起き上がった。 「お水でも飲もうかな」  ホットミルクでも良いかもしれない。温かいものを飲んで気分転換をしたら、少しは気分も落ち着いて眠れるかも。  部屋を出て一階にあるキッチンへ向かおうと思ったのに、千聖の足は吸い寄せられるように廊下の先へ進み、翔護の部屋のドアノブに手を掛けていた。  このドアの先に、翔護がいる。 (寝息とか、聞こえないかな)  翔護の存在をちょっとでも感じたら、安心して眠れるかも。 (……なんちゃって)  自分でも馬鹿なことをしていると思う。でも、何も見えない夜の暗闇が千聖をいつもより大胆にさせた。 「ちょっとだけ……え?」  ドアにくっつけるように耳を寄せると、カチャとわずかな音ともに体が前に薙ぐ。 「わ、……っあ」  鍵が掛かっていなかったらしい。千聖の体は、そのまま翔護の部屋の中へとつんのめるように吸い込まれてしまった。  電気の落とされた室内は、暗くてよく見えない。見えないけれど、部屋の中は翔護の気配でいっぱいで、その空気を吸い込んだだけで緊張していた心が解けていくのがわかる。 「しょ、しょうご……? 起きてる?」  声を掛けてみる。万が一、彼が起きていたら、千聖は突然やってきた侵入者だ。 「しょうご」  今度はもう少し大きな声で呼びかけてみたけれど、翔護からの返事はない。  彼は、眠っている。 「……」  千聖は音を立てないようにそろりと暗闇の中を進み、翔護のベッドの前に立つとゆっくりその場に腰を下ろした。  ベッドの縁に顔を近づけて、ようやく翔護の顔が見える。  毛布を口元までかぶって、翔護はぐっすりと眠っているようだった。スースーと健やかな寝息が聞こえてくる。 「……う」  翔護が寝返りを打ち、ベッドの片側へ寄った。空いたスペースは千聖がひとり入れそうな大きさで、むずと欲望が顔を出す。  翔護のそばにいれば、安心して眠れるかも。 「……少しだけ、お邪魔します」  千聖はゆっくりとベッドへ上がると、翔護の隣りへ身を横たえた。温もりの残るシーツにじんわりと体を包まれて、意識がとろりと溶け出してくる。  すぐ隣りに感じる翔護の温もり、規則的に繰り返される呼吸の音。  あんなに眠れなくてぐずっていたのが嘘のように、目を閉じるだけで眠気がやってきた。  少し仮眠させてもらったら、部屋に戻ろう。朝になる前に、翔護が起きる前に部屋に戻れば、問題ないはず。  そう思っていたのに――そのままぐっすりと深い眠りに落ちた千聖が目を覚ましたのは、日が昇りアラームの音で起きた翔護の叫び声を耳元で聞いてからだった。

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