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第54話

 ◇◇◇ 「ち、ちぃ! なにしてんだよ!」  キーン、と耳の奥でまだ耳鳴りがしている気がする。  気持ち良く眠る千聖を起こしたのは、翔護の声という名の大きな目覚ましだった。  うっかり翔護を抱き枕にしてしまっていたらしい。べりっとものすごい勢いで剥がされた千聖は、寝ぼけ眼のまま、顔を真っ赤にして怒る翔護の声をぼんやりとどこか遠くに聞いていた。 「ねぇ、ごめんね。翔護、ごめんてば」  相当怒っているのだろう。少し先を歩く翔護の顔にはまだ赤みが残っていて、起きてからも、朝ご飯を食べているときも、もうずっと千聖の顔を見てくれない。  てっきりおいて行かれると思っていたから、玄関を開けて翔護が待っていてくれたのには驚いた。  もしかしたら、態度の割にそこまで怒ってはいないのかもしれない、と都合の良い解釈をして、早足の翔護を追いかけるように通学路を歩く。 「昨日はちょっと寝付けなくて……翔護の顔を見たら眠れるかなって思ったの」 「……」 「そしたら、うっかりそのまま寝ちゃったみたいで」 「……」 「ねぇ、許してくれる?」  くい、と翔護の袖を引き見つめる。ぐっと翔護の喉元が上下した。 「……っ、もう、いいよ。別に怒ってるわけじゃない」 「翔護……っ!」  ちらと視線だけで千聖を見た翔護は、諦めたようにハッと短く息を吐き出して、歩みを緩めた。  それにほっとして、千聖はようやく彼の隣りに並ぶ。 「ねぇ」 「なに」 「あのね」  昨日の夜、考えていたこと。翔護の好きな人のこと。  ずっともやもやした気持ちを抱えたままでいるのは、やっぱりどうしてもつらくて。  このもやもやを取り除くには、原因を解決するしかないという結論に至ったのだ。  それはつまり、翔護の好きな人を確かめるしかないということ。  スポーツバッグのショルダーベルトをきつく握り、千聖はすうっと大きく息を吸い込む。 「翔護は、羽村くんが好きなの?」  ビタッと翔護の足が止まって、千聖は先へ進んでしまった足を慌てて二歩後ろへ戻した。 「ハァ⁉」 「わっ」  大きな声が上から降りかかってきて、その勢いにぎゅっと体を強ばらせる。 「俺がはむのこと⁉ なんでだよ⁉」 「え⁉ えーっと、何でって言われると、困っちゃうんだけど……とっても仲が良いみたいだったから、そうなの、かな? ……って」  こんな大きな声を出す翔護を見るのはこれで二回目だ。一回目はついさっき、千聖が翔護のベッドで迎えた朝の話。二回目は、今だ。  翔護は基本的には穏やかな方で、怒るときも大声を出したりしない。そんな翔護が、ここまで大きな声で否定するということは、本当に違うのだろう。

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