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第55話

「じゃ、じゃあ……姫宮くん?」 「……っ、き、キモいこと言うな!」  今度はシワァときつく眉間に皺が寄り、ゾワワッと翔護の体が総毛立つのが見えた気がする。  自分自身を抱きしめるように顔を顰める翔護を見て、これも外れたのだと千聖は肩を落とした。 (絶対に二人のどちらかだと思ったのに……)  ということは、大穴でキャプテン?  いや、もしかしたら、千聖が全然知らない人なのかも。 「急にどうしたわけ? つか、あいつらは付き合ってるし」  千聖だって知ってんだろ、と目配せされて、千聖はこくんと小さく頷いた。  姫宮と紬麦は付き合っている、恋人同士だ。  知っているけれど、付き合っているからって、その人たちを好きになったらいけないわけじゃない。  二人の仲を裂くようなことをするのは良くないけれど、想うのは自由なはずだ。  恋には、相手がいると知っていても、それでも抑えきれないような情熱だってあると思う。  ……千聖みたいに。  だから、翔護もそんな恋をしているんじゃないかと思ったのだけれど、彼の反応からして千聖の予想はまるきり外れてしまったみたいだ。 「じゃあ、翔護は誰が好きな……」 「あ。あいつらが二人でいないときに、屋上に続く階段には絶対近づくなよ」  真剣に聞いているのに、誤魔化すように話を逸らされて千聖は悲しくなった。  もやもやを解消するために聞いたのに、さらにもやもやが募ってしまう。 「……ちぃこそ、どうなんだよ。キャプテン……」 「え? キャプテン?」 「いや、なんでもない。やっぱいい」 「あっ……待って」  そう言ったきり翔護はまた歩き出し、さっさと進んで行ってしまうので、千聖は慌ててその後を追いかけた。ついて行くのに必死で、もう話しかけるどころではない。  今朝は翔護にくっついてぐっすり寝坊をしてしまったから、弁当は作れなかった。  翔護と過ごせる貴重な時間を自ら逃してしまったのは惜しいけれど、致し方ない。  朝練が終わり、別館裏へは寄らずに教室へ入ると、翔護は自席に座ってテキストを広げていた。彼も、今日はわざわざ別館裏へ行く必要はないと思ったのだろう。すれ違わずに済んだのは良かったと思うけれど、弁当がなければ、あの場所でふたりきりになる理由もないのだと再確認させられたようで、シンプルに寂しかった。  登校してきた友人の存在に気付いて、翔護は体ごと後ろを向くと、そのまま紬麦と話し始めた。  そのうちに姫宮も顔を出して、三人で仲良く笑い合っているのを見ると、またもやもやが胸の中に渦巻いてくる。

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