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第57話

 ◇  放課後、担任に呼び出されていた千聖が職員室から教室へ戻ると、前扉から飛び出していく姫宮とすれ違った。  王子様然として、いつも優雅な彼の慌てた表情を見るのは初めてだ。  教室内を覗けば紬麦の姿も見えず、千聖は返すタイミングを逃してしまったキーホルダーをどうしようかと廊下を見渡す。  紬麦のことなら、翔護か姫宮に聞くのが一番早い。  でも、翔護はすでに部活に向かったあとのようで鞄もなく、姫宮はつい今しがた教室を出て行ったばかりだ。走って行った方向はわかるけれど、すでにその背中は見えなくなっていて、どこに行ったかまではわからない。  今日中に返さなければ、なくなったことに気付いた紬麦はきっと悲しい思いをするだろう。もしかしたら必死に捜してしまうかも知れないことを思うと、すぐに返してあげたかった。  千聖は話しかけるきっかけが欲しかっただけで、紬麦の私物を隠して意地悪をしたいわけではないのだ。 (そういえば……) 『あいつらが二人でいないときに、屋上に続く階段には絶対近づくなよ』  翔護の言葉を思い出す。  そこに紬麦がいる保証はない。でも。 (もしかしたら)  ……行ってみよう。  千聖は、ぐっとポケットの中のキーホルダーを握りしめ、小走りで屋上へと続く階段を目指す。 「い、いない……?」  勢いよく階段を上り最上階の踊り場にたどり着くけれど、残念ながらそこには誰の姿もなく『立ち入り禁止』とプレートのついた鍵付きのチェーンが扉に掛かっているだけだった。  あがった息を整えながらポケットから取り出したキーホルダーを片手にどうしようかと思案していると、タッタッと階段を上ってくる軽い足音が聞こえてくる。  屋上が立ち入り禁止になっているのは、この学園の生徒なら誰でも知っていることだ。  そんな場所にわざわざやってくるなんて、もしかしたら見回り担当の先生かもしれない。  実際に屋上に立ち入っていないとはいえ、こんなところにいるのを見られれば、理由の一つも聞かれるだろう。  困ったな、と思いつつ、それが誰なのか確認しようと階段へ近づいたとき―― 「バァッ」 「わぁっ」 「ひゃわっ」  ぴょんっと何かが飛び出してきて、千聖は文字通り大きく飛び上がった。  どっどっと大きく心臓が跳ねている。びっくりして飛び上がるなんて、幼い頃にカエルが目の前に飛び出して来た以来かも知れない。 「び、びっくりしちゃった……」  驚いたとき、人は何も考えられなくなるらしい。 「お、オレも……あ、てゆうか、ごめん」  踊り場へ飛び出してきたのは、紬麦だった。捜していた人物の突然の登場に、驚きつつもこれで今日中にキーホルダーが返せると安堵する。

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