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第58話

「あ、それ!」  千聖の手にあるものを見て、紬麦はぱっと顔を輝かせた。ほっと胸を撫で下ろすのがわかる。  教室に姿がなかったのは、このキーホルダーを捜しに出ていたからなのだろう。  本当はもっと早く返す予定だったのに、職員室に呼ばれたのは想定外の出来事で、悪いことをしてしまったなと思いつつ、千聖は自分に引き寄せるようにして胸の前でキーホルダーを握りしめた。 「それ、捜してたんだ。ありがと」  紬麦の小さな手が、千聖の前に差し出されている。  この手のうえにキーホルダーを乗せてあげればそれで終わりなのに、千聖はクマを握ったまま、もじ……と両の手を合わせた。  千聖の目的は、このキーホルダーを返すことだけではない。  本当の目的は、もっと別にある。  早く、聞かなくては。 「あの、聞きたいことがあって」 「うん?」  千聖に手を伸ばしたまま、紬麦はこてんと首を傾げた。小動物みたいな仕草が愛らしい。 「……翔護の、ことなんだけれど」 「翔護?」  翔護のことを聞かれるなんて思ってもみなかったのだろう。紬麦の大きな目がますます大きく丸くなっていく。 「うん……あの……」  言おうか、言うまいか。千聖は口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返して、もじもじと指を擦り合わせる。  そして、覚悟を決めるように一度瞬いてから、ぎゅっと拳を握りしめて紬麦を見た。 「翔護の好きな人、知ってる⁉」 「……へ?」  繰り出された質問が予想外だったのだろう。千聖の言葉を前のめりになって聞いていた紬麦は、気の抜けた声を出したきり、ぽかんと口を開いたまま固まってしまった。 (あ、あれ……?)  紬麦の反応は、千聖も予想外だった。まるで、そんなこと初めて聞いたって感じだ。 「だ、誰⁉」 「え、ええと……それをぼくが聞いているんだけれど……?」 (知らない、かな……)  正直、がっかりした。  でも、悔しいけれど、紬麦が翔護と一番仲が良い。好きな人、と直接的には知らなくても、気になる人の情報くらいなら少しは囓ったことがあるかもしれない。 「ね、翔護と仲が良いでしょう? 何か知っていたら教えて……!」  ここで、なんの情報も得ずに引くわけにはいかない。  千聖も必死だった。  必死だったから、勢いよく詰め寄ってしまって、それに驚いた紬麦が後退って、そのあとはまるで時間が止まってしまったみたいだった。

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