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第60話
◇
響くかけ声、ボールの音、キュッキュッと鳴るスニーカーの音に管楽器が空気を震わせる音。混じり合った放課後の音が、開いた窓から無数に入ってくる。
放課後、部活動開始のチャイムが鳴ると本館は一気に静かになった。
とりわけ、多目的教室の多い四階は静かすぎてきゅっと胸が寂しくなるほどだ。
一直線に伸びる渡り廊下に窓から差し込んだ光が線を作り、千聖はそれを避けるようにゆっくりと歩いていた。
まだ、心臓がドキドキしている。
もう少しで掴めそうだった指先。伸ばした手が宙を掴むもどかしさが、消えずにずっと残っている。
「……」
握った手を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返しながら、千聖は本館の校舎内を力なく彷徨い歩いていた。
とても部活にいけるような気分ではなかった。かといって、このまま帰る気分でもない。
罪悪感。後悔。苦しく大きな塊が、重く千聖を覆い尽くしている。
故意ではなかったとはいえ、紬麦を傷つけてしまった。
彼は大丈夫と言ってくれたけれど、時間が経つにつれ、千聖の胸にはどうしようもない申し訳なさが渦巻いていた。
紬麦は翔護の大切な友人だ。
そんな紬麦を傷つけたと知ったら、彼はどう思うだろう。
少しばかり回復の兆しを見せていた絆は、今度こそ跡形もなく消え去ってしまうかもしれない。
部活はもうとっくに始まっていて、遠くチームメイトの声が聞こえてくる。
「……」
このまま休んでしまおうか。
とてもじゃないけれど、翔護に顔向けができない。
つい先ほど起きたばかりの出来事は、まだ翔護の耳には入っていないかもしれないけれど、素知らぬ顔で平然と部活動に参加することは千聖には出来そうもなかった。
それに、こんな状態では集中出来る気がしないし、無理に行って逆に迷惑をかけてしまうくらいならいっそのこと行かない方が良い。
遅れていってあれこれと理由を詮索されるのも、今の千聖にとってはつらいことだった。愛想笑いの一つだって、今はうまく出来る気がしない。
一言ぐらいは連絡を入れた方が良いのだろうけれど。
でも、そうやってグラウンドまで行くのなら、結局は部活に参加しても同じような気がした。
煮え切らない気持ちを抱えたまま本館を出て、悩みながらも足は部室棟へ向くけれど、なかなか部室のドアを開くことが出来ない。
部室棟と別館の間をウロウロと怪しく行ったり来たり繰り返すばかりで、時間は過ぎて行く。
「おお~なんだか怪しいやつがいるな」
とん、と肩を突かれて、千聖は弾かれたように顔を上げた。
「キャプテン……!」
「おっと、こいつはうちのサボリのマネージャーくんだな」
振り返った先にいたのは、刈谷だった。その手には部誌とユニフォームが握られている。
今日の部誌当番は千聖だ。時間を過ぎても顔を出さない千聖の代わりに、刈谷が職員室まで取りに行ってくれたのだろう。
手芸部に補修をお願いしていたユニフォームだって、今日引き取りにいかなければならなかったのにすっかり忘れていた。
「どうした? もう部活終わるぞ」
いつもとかわらない笑みにぽんと頭をひと撫でされて、ほっと胸が震える。張り詰めていた糸が切れるみたいに、千聖の目からはつぅと涙が流れ落ちた。
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