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第62話
「はぁ……ったく、そんなに睨むなよ。んなに気にするなら、最初から大事にしてやりゃいいだろ」
二人の様子を黙って見ていた刈谷は、やれやれと肩を竦めて両手を挙げる。
「なっ⁉ 泣かせといてよくも」
「誤解だ、誤解。俺はなぐさめてただけだよ」
「あ、あの……翔護。本当なんだ。ぼくが勝手に泣いてただけで、それをキャプテンがなぐさめてくれて……キャプテンに泣かされたとかじゃなくて」
本当だよ。と練習着の袖を引くと、翔護はぐっと顎に力を込めて、それから小さく舌打ちすると、はぁっと怒りを鎮めるようにため息を吐いた。
「……わかった。つか、あんたも恋人が泣いてんだから、もっとしっかりなぐさめてやれよな」
「え? 恋人?」
誰が、誰の恋人だって?
「……キャプテンと、付き合ってんだろ」
思わず声を上げると、翔護は言いたくないとでもいうように、ふいとそっぽを向いた。
「え、ええ⁉ ぼくたち付き合ってなんかないよ⁉ 恋人じゃない!」
なに、変な誤解してるの⁉
ぼくとだなんて、キャプテンにだって失礼だ。
「は⁉ いや、だって俺が部活見学に行ったとき……」
「部活見学?」
というのは、翔護が城華に編入してくるときの、事前見学のことだろうか。
あの、翔護と千聖の関係がぎこちなくなってしまうきっかけになった……。
でも、あの日、翔護は結局見学に来なかったはず。
「……見たんだよ」
「何を?」
「お前が……その、キャプテンに告白されて、き、キ……スしてるとこ」
「えっ……⁉」
だから、俺は……と口ごもる翔護の言葉に、千聖は顔を真っ赤にして、力の限り首を横に振った。
キャプテンとキスなんて、そんなことするわけがない。
だって、千聖はずっと翔護が好きなのに翔護以外の人とだなんて……。
あの日の記憶を呼び起こす。
告白……キス……。
そうして、千聖は翔護が見たのが、刈谷が面白がって仕掛けてきた告白のデモンストレーションのことだと思い至った。壁ドンをされたあのとき、翔護は部室近くまで来ていて、タイミング悪くあの場面だけを見てしまったのだ。
「あ、それは……」
「誤解だよ」
千聖の言葉を遮って、刈谷が口を挟む。
「そっちも誤解。ちょっとふざけてたのを、お前が勘違いしただけだって。俺たちは付き合ってないし恋人でもない」
「……」
翔護は真意を窺うように黙って刈谷を見つめている。
「ほ、本当だよ!」
千聖と刈谷は付き合っていないし、もちろん恋人でもない。
ただの先輩後輩で、キャプテンとマネージャー。それ以上でもそれ以下でもない、ただ、それだけ。
刈谷の言葉を信じていないようだった翔護の表情も、千聖が繰り返し「本当」と伝え続ければ少しだけ柔らかくなった。
「……ちぃの言うことは信じる」
「……っ」
きゅっと組んだ手の中に体を囲われて、頭のてっぺんに擦り寄られると、千聖の胸の中はでろりと溶けたアイスクリームのようにぐちゃぐちゃに混ざり合って、思考が停止してしまう。
「……あ~あ。ま、一件落着か?」
ぴったりとくっついて離れない後輩を壁により掛かったまま眺めていた刈谷は、ふたりの長いすれ違いに負けないくらい、たっぷりとしたため息を吐く。
やれやれと疲れた態度を見せながらも、その口元には愛情深い穏やかな笑みが浮かんでいた。
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