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第66話
◇
「告白、したの……!」
ほとんど叫び声に近い千聖の大きな声に、翔護はボールを掴んだまま目を見開いて固まっている。
なんの脈絡もなくそんなことを言われれば、当然の反応だ。
「なんだよ、突然」
日の暮れかけた馴染みの道は、いろいろな家庭から漂う夕方の匂いがするだけで、とても静かだった。
そこに突然響いた大声に、びっくりしたのもあるのだろう。翔護は近所の目を気にするようにきょろと視線を配りながら、くる、とボールをひっくり返した。
「あ。えっと……前に、好きな人に告白してみようと思ってるって、言ってたでしょう? だから、成功したのかなって思って……気になって……」
隠していたってしょうがない。素直にそう言えば、翔護は少しの間沈黙して、それから、トンと足先に真新しいボールを乗せると「来て」と千聖を近くの公園へ誘った。
誘われるまま、千聖は翔護についていく。
いつも子供たちで賑わっている遊具スペースも、防災無線の流れたあとのこの時間は、もう誰の姿もない。
小さな芝生広場で立ち止まった翔護は、無言でボールを蹴りリフティングの体勢へと持っていくと、千聖の問いには答えないまま弾ませたそれを蹴り続けた。
(……もしかして、はぐらかされてる?)
絶対に聞こえていたはずなのに。
前回と同じだ。誤魔化されて、はぐらかされて。
これを言うのに、千聖にどれだけの勇気が必要だったか。
何度挑戦しても答えてもらえないのだと思ったら、悲しくて堪らなくなる。
「……っ」
ぎゅっと唇を噛みしめる。何か言葉を発しようと思うのに、無言が怖くて、臆病な声は喉の奥に引っ込んだまま出てきてくれない。
自分には言う必要もない。それが、きっと何よりの答えなのだ。
翔護にとって千聖が何でもない存在の証明のようで、悔しくて悲しい。
ショックを隠しきれず、千聖はのろのろと翔護から離れると、そばに置かれたベンチに腰掛けた。重たいスポーツバッグを肩からおろし、傍らに置く。
いつもなら、時間も忘れて飽きることなく見つめられるのに、今日はどうしたって同じ気持ちでは見られない。
涙が溢れて前を向いていられず、千聖はそっと視線を落とした。
「ちぃ、見てて」
なのに、俯いた千聖に翔護は『見てて』と言う。
残酷だな、と思う。
思うのに、そう思いながらも従ってしまう自分は、とんでもなく哀れで滑稽だ。
(もう、いいや)
もう、なんでもいい。
溢れる涙を拭うこともせず、千聖は言われた通りに翔護を見つめ続けた。
ひとりで帰ろうって気力さえ、もうなかった。
トン、トン、とリズムよくリフティングを続ける翔護。
この姿に、千聖は恋をした。
こんな投げやりな気持ちで見ても、千聖はやっぱり翔護が好きで、どんな気持ちで見たって、彼のことを嫌いになれない。
幼い頃の思い出とともに溢れてきた気持ちが、涙になってこぼれ落ちていく。
(翔護のこと、諦められるかな)
今すぐは無理でも、いつかはそんな日が来るだろうか。
「俺の好きな人はさ」
リフティングを続けながら、翔護が口を開く。
器用にボールを操りながら話す彼の言葉は、千聖に聞かせるようでいて、それでいて独り言のようでもあった。
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