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第67話
「俺のこと、いつも応援してくれるんだ」
翔護の、好きな人のこと。
「何をしても、すごいね、かっこいいねって、キラキラした顔でさ、俺のこと見てくんの」
ずっと聞きたかった、知りたかったこと。
なのに、翔護がその人のことを話す口調は優しくて、柔らかくて、愛しさに溢れていて、千聖は耳を塞いでしまいたくなった。
「……」
みっともなく声を上げて泣き出したい衝動を、ぐっと唇を噛んで耐える。
翔護は、本当にその人のことが好きなのだろう。思わず愛おしさが溢れてしまったような柔らかな表情は、今まで見たこともないものだ。
彼にそんな顔をさせて、そう言わせる相手のことが千聖は羨ましくて堪らない。
「物心ついて初めて会った日かな。その子にリフティングが何回できるか数えててってお願いしたんだけど、俺さ、あのとき本当はまだリフティング出来なかったんだよな。でも、外に出られないって、一緒に遊びに行けないって、諦めたみたいに笑った顔がかわいそうで。どうにかして、もっと別の、すっげぇ楽しい! って顔をさせてやりたいって思ったんだ」
聞きながら、千聖は自分の心が良くない方向に高鳴っていくのを感じる。
期待をしてはだめだ。そんなにうまい話、あるわけがない。
期待をして、そのたびに裏切られてきたじゃないか。
悲しい思いをしてきたじゃないか。
なのに、ドキドキ、期待に胸が弾んでしまう。
だって、それは――。
「その場でリフティングが成功するかどうかは賭けだった。ま、出来なくても失敗した姿に笑ってもらえればいいかなって、そんな感覚だった。でもさ、その日、初めて成功したんだ。そしたら、その子がすごいって飛び上がって喜んでくれて。リフティングが成功したことももちろん嬉しかったけど、その子が笑ってくれたことのほうが嬉しくてさ、そのときの顔がずっと心に残ってるんだ」
ひく、と喉が震える。
「それからは、その子に会えるのが楽しみだった。最初は母親に無理矢理連れて行かれて、きっと退屈なんだろうなって、正直面倒くさいなって思ってたんだけどさ。それ以降、自分からその子の家に遊びに行くのを強請るようになって、父親の単身赴任が決まったときも、母親がこの街に引っ越したいって思いを否定しなかった。その子と同じ学校に通いたくて、父親の都合よりも母親を使って自分のわがままを優先したんだ。ずるいよな」
トン、トン、リフティングの音が、自分の心臓の音に重なって、より大きく聞こえた。
「引っ越しが決まって正式に同じ学校に通えるってなったとき、すげぇ嬉しかったし、楽しみだった。けどさ、見ちゃったんだ。事前にお願いした部活見学の日、少し早く着いたから驚かせてやろうと思って。連絡入れずに部室に行ったらさ、その子が俺の知らない男に告白されてて、さらにキスまでしてて。頭が真っ白になって、まじで何も考えられなくなって、事実も何も確かめずにすぐにその場から逃げ出した。俺の方がずっとその子のこと好きだったのに。その子だって、きっと俺を好きなのにって。余裕こいてぐずぐずしてた自分が悪いくせに、自分の不甲斐なさとその子への言いようもない怒りで気持ちがぐちゃぐちゃになって、会ったら見当違いな八つ当たりをしそうで……避けた。……ごめん」
頭が真っ白になる。千聖は目を瞬かせて、ただただ翔護を見つめた。
翔護の言っていることに心当たりがある。千聖も同じような話を知っている。
これが千聖の都合が良い夢じゃないなら、それはつまり――。
「告白しようと思ってるんだ」
翔護が言う。
「その告白が成功するかはちぃ次第なんだけど、どう思う?」
翔護が高く蹴り上げたボールが大きな放物線状に飛んできて、すっぽりと千聖の腕の中に収まった。
胸の前で受け止めたボールを抱きしめたまま、震える声をひり出す。
「……す、る……する、するよ……!」
ボールを投げ捨て、傍らに置いたスポーツバッグも置き去りにして、千聖は一目散に翔護に向かって駆けていく。
「だって、きっとその子も翔護のことが好きだからっ……!」
「ちぃ」
もつれた足も構わずに、千聖は勢いのまま翔護の腕の中へと飛び込んだ。
「ずっと好きだった。俺と、付き合って」
ぎゅっと抱きしめられて、千聖は首がちぎれそうなほど大きく、何度も頷く。
「うん、うん、翔護。ぼくも翔護が好き。大好きっ……!」
オレンジに段々と夜の色が混じっていく中、体が折れそうなほど強く抱きしめ合う。
苦しくて息が出来なくたって、構わなかった。
それよりも、この瞬間が幸せで、夢のようで、ほんの少しも離したくない。
「……ちぃ」
「……しょうご」
涙でぐちゃぐちゃの顔で笑い合う。
ふたりで初めて交わした恋人のキスは、甘酸っぱさよりもしょっぱさの方が強かったけれど、この先、もっともっと甘くなっていくに違いなかった。
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