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 緑多きキャンパス。手入れの行き届いた中庭。急勾配の切妻屋根でレトロな趣きのある洋風の校舎に、厳かな雰囲気のチャペル。他校より抜きん出た凛聖学園の学びの空間には、授業や部活動を支える多彩な設備が揃っていた。  男女共学のプロテスタント系ミッションスクール。鳴海のようにクリスチャンではない生徒も多数いる。聖書の一節「汝の隣人を愛せよ」が表す隣人愛に倣って「仕切りをつくらず、第二の性の階層を深めず」が学園の掲げるスクール・モットーであった。 「学校はどう? 順調にいってるかな」  学園からバスで三十分程かかる自宅マンション、その近所にあるファミレスで制服姿の鳴海は父親と夕食をとっていた。 「順調にいってるよ、お父さん」  柔和な物腰の父親はベータ性だった。  豊かな才能が約束されている非凡で貴重なアルファを上に。人口が最も多く平均的なレベルのベータを間に。人口比率の最も低い少数派のオメガを下に。  抗議活動や論議は日々行なわれながらも、古より歴史に食い込んでいる差別化の枠組み、旧態依然とした階層制が根底から変わることはなかった。  学校生活においても、スクールカーストの頂点にアルファが居座り、大抵のオメガは努力も報われずに必然的に底辺へと追いやられる。  中学時代の鳴海は、アルファ・ベータ・オメガの「第二の性」からなる階層は重要視しない、あくまで個人に重きをおくという方針に惹かれて、早い段階から凛聖学園を志望校に選んでいた。 (やっぱり、あれは演技とかじゃなかった)  真剣に選び抜いた進学先で上級生がナイフを所持しており、人を襲おうとした。新入生にとっては殊更ショッキングな出来事だった。 (先生に報告すべきだった……襲われかけた本人が報告したかな……?)  非現実的で頭が回らなかった鳴海は、そのまま下校したことを悔やみ始めていた。 「体調面で特に変わったことはない?」  伏し目がちでいた鳴海は顔を上げる。すでに食べ終えていた父親が心配そうにこちらを窺っていた。 「顔色がちょっと悪いみたいだ」  システム開発会社の運用管理部門で中間管理職に就く父親は、一人息子の体調を頻りに気にしていた。 「まだ学校に慣れなくて疲れただけ。大丈夫だよ」  オメガ性だった鳴海の母親は四年前に病気で他界しており、我が子の健康に人一倍敏感になっている節もある。 「俺は大丈夫だから、お父さん」  鳴海が一般的なオメガとは異なる特異な存在であることも起因していた。

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