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「凛聖は気に入ったか?」 「……こんなに広いのに、どこも綺麗で施設も充実していて、機能的だと思います」 「俺もお前と同じで高校から通ってる」 「そうですか」 「近かったんだ」 「え?」 「正門から家まで徒歩十分で着く」 「それは……便利でいいですね」 「鳴海はどうして凛聖を選んだんだ?」 「スクール・モットーに惹かれたからです」  正直に答えれば舜が吹き出し、鳴海は面食らった。 「スクール・モットーを把握している生徒なんて内部生でもそういない」  モッズコートを羽織っていて正確なラインは曖昧だが、身長百八十七センチの舜はしなやかに引き締まった体つきをしていた。葉陰の落ちる面差しは一つ一つのパーツがキリリと仕上がっている。映画のスクリーン一面に映し出されても見栄えがしそうだった。 「茶化して悪い。お前が惹かれた凛聖のスクール・モットー、俺にも教えてくれないか」  風が通り抜け、片目にかかった前髪もそのままに笑いかけられて、鳴海は顔を伏せる。 「御堂さんはアルファで、オメガの俺とでは捉え方が違うだろうし。知らないのなら、それでいいと思います」 「俺のことは呼び捨てにしていい、敬語も必要ない」 (無理難題をふっかけてくる人だ)  突き出されたナイフを軽くあしらってみせた舜に、確かに鳴海は多少の警戒心を持っていた。もちろん悪いのは凶器を手にしていた方だ。ただスムーズに対処できたのは、ああいった危険なシーンに慣れているからではないだろうか?  格上のアルファ。隣にいるだけで、階級の上に立つ強者特有の計り知れないオーラがひしひしと伝わってくるようで、どうしても居心地が悪い……。 「俺が怖いか?」  横顔に真っ直ぐな視線を感じ、薄い色づきの唇をきつく結んで、鳴海は恐る恐る顔を上げた。 「怖がらせるつもりはない。鳴海に興味がある。それだけだ」  じっと見つめられて鳴海はただただ困惑する。 「興味を持たれる程の人間じゃない、俺はただの……オメガです」  嘘をついた。  鳴海はウテルス・オメガだった。  オメガの男にのみ出現する、稀有で特異な存在。  オメガ男性は、直腸奥に子宮や卵巣といった女性の内性器代わりとなる独自の生殖器を有し、妊娠を可能にしているのが一般的だ。  ウテルスは違う。  男体に女性の内性器と外性器そのものを併せ持つ、れっきとした両性具有者だ。  そして発情期とはまた違う、ある特定の期間で、ヒイキせず平等に無自覚に、若雄となる男達を誘惑してしまう……。 (嫌いだ)  父親、付き合いのある親戚、かかりつけの病院と学校関係者の一部しか知らない事実。事あるごとに鳴海の不安を掻き立ててきた(さが)。  安定を乱す火種は延々と燻り続け、その心を常に脅かしていた。 (……ウテルスなんかに生まれたくなかった……) 「交換しないか」  鬱々とした感情に思考回路を乗っ取られかけていた鳴海は、切れ長な目を丸くさせる。 「二つ目の卵サンドと、俺が買ってきたマフィン」 「あの……」 「紅茶味だ」  目の前にマフィンを差し出された。断るのも気が引けて仕方なく受け取る。ふっくらとしていてボリュームのある、香り高い紅茶マフィンを一口齧った。 「ふぅん。旨いな」  コンビニの卵サンドを二口で食べきった舜に鳴海はつい吹き出した。

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