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「来週はもう遠足とか、三年になって時間の流れが早くなった気がする」  恭太郎の言う通り、四月末には歓迎遠足が行われる予定だった。 (休むとお父さんが心配するし、参加しなくちゃな)  体育祭や文化祭といった学校行事に消極的で、宿泊行事は全て不参加だった。表向きは体調不良のため。本当のところは、同級生と密接な日々を過ごしてウテルス・オメガであることが露呈するのを防ぐため、辞退した。  ただでさえ少数派であるオメガ性の中でも、両性具有のウテルスは極めてマイノリティな立場にあった。ウテルスというだけで好奇の目で見てくる者も多い。  我が子を守りたい一心で、鳴海の両親は事実を伏せていく道を選んだ。  いずれ成長して、今後どうしたいか、どう生きていきたいか。意志が固まったら選択権を委ねる。中学校を卒業した日に鳴海は父親からそう聞かされていた。 (まだ、わからない)  凛聖学園で三年間学んで、その先、どうするか。勉強が嫌いじゃない鳴海は大学進学を漠然と考えていた。しかしウテルス・オメガの定めが未来に影を落とす。堂々巡りで出口のない迷路に希望は彷徨いがちだった。 (二十歳になったら俺にはアレが来る)  鳴海はカフェオレのボトルを両手で握り締めた。恭太郎に相槌を打つのも忘れ、虚空に視線を奪われる。いつだって心を刺激する不安の火種に為す術もなく怯えた。 (どんな人生が送れるのか、いいことは何にも思い浮かばない……) 「人気商品、味見してみないか」  いきなり目の前に差し出されたデニッシュ。 「オレンジクリームの酸味と甘さが絶妙だ」 「……もうお腹いっぱいなので、いいです」 「それなら、はんぶんこするか」 (はんぶんこって、子供じゃあるまいし) 「俺も食べてみたい。一口くれる?」 「鳴海は少食なんだな、コースなら前菜で腹が膨れるんじゃないのか? おかわりもしなさそうだ」 (おかわりくらい、したことある)  小学六年生の頃に母親を亡くした。かつて、夕飯の支度を一生懸命手伝った食卓では、出来立ての手料理を鳴海はよくおかわりしていた。 「おやつに食べたらいい」  否定するのも億劫で黙りこくった下級生に、ラッピングされたクッキーを手渡し、舜はオレンジクリームのデニッシュを自分で食べきった。  食べたいと言っていた恭太郎は不服そうにするでもなく、ベンチを埋め尽くすギャラリーを見回す。舜の一挙一動に浮き足立っている生徒達。その中に鬼ごっこの鬼でも探すような目つきをしていた。

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