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「これから恭太郎も呼んで、家でランチの予定なんだ。鳴海も来ないか?」  急なお誘いに鳴海は気後れする。初対面の碧にまでせがまれたが、理由も有耶無耶にして学外でのランチを断った。 「そうか」  舜はあっさりと引き下がり、弟の碧からは「今度遊びにきてくださいね!」と満面の笑顔で再会を熱望された。  周囲の注目を矢鱈と集めている兄弟と別れ、鳴海は家路につく。肩掛けのトートバッグの持ち手を何度も無意味に握り直し、俯きがちに来た道を引き返した。  目的にしていたベーカリーにも寄らずに、一体、何をしにきたのか。  行き場のない遣る瀬無さを五月の青空に彷徨わせた……――。 「――散歩なんて久し振りだ」  不意に肩に回された腕。耳元で紡がれた声。 「ただ、散歩の定義がイマイチわからない。目的があったら散歩じゃなくなるのか?」  隣に立った舜に尋ねられても回答できず、気さくな腕を払い除けるのも忘れ、鳴海は日の光に耀く彼の眼を見つめた。 「私服はそういう感じか」  フードつきのジップアップパーカー、細身のボトムス、単色のスニーカー。極々ありふれた格好をした鳴海から半歩離れ、舜は笑う。  密着が解けて、柔らかな拘束から逃れた鳴海は、ご満悦な様子のアルファから視線を逸らした。 (心臓ごと吸い込まれそうだった)  弟や恭太郎と昼を過ごす予定だったはずの舜は、散歩の途中、作り込み過ぎない伸びやかな仕上がりのガーデンが見応えのあるカフェで、鳴海にランチをご馳走した。 「鳴海は弟と話が合うかと思ったんだ」  彼は忙しい両親の代わりに四つ年下の弟の面倒を見続けてきたそうだ。 「去年、碧はヒートになった」  抑制剤が効かなかったのはオメガである弟の方だった。  十四歳になった碧は立て続けにヒートを引き起こした。血の繋がりが濃い近親者間であれば、発情期の影響は受けにくいと言われており、その間、舜はできる限り身の回りの世話をしていたという。 「御堂さんは碧君のために学校を休んで、それで留年したんですか?」 「看病がてらサボリを謳歌していたら、な。恭太郎も何かと手伝ってくれた」 「澤さんが……」 「ヒートの方は今年に入って大分落ち着いた。今はどこの高校に行こうか考えてるみたいだ」  卒がないテーブルマナーでもって本日のランチを満喫する舜を前に、鳴海は、冷めつつあるスープを見下ろした。  ひょっとすると、自分に弟を重ねていたのではないだろうか。  見た目もタイプもまるで違うが、年下のオメガで、兄として染みついた振舞が自然と現れていたのかもしれない。思い当たる節は多々ある。  背中を撫でてくれた優しい手。分け与えられたパン。時に「はんぶんこ」されたりと、やけに子供扱いしてきた……――。 「どうもご馳走様でした」 「家には来ないか?」 「……」 「わかった。じゃあな、鳴海」  今度こそ鳴海は舜と別れた。  バスに乗り、後部座席の窓越しに流れゆく景色を見送る。緩やかな人波に彼が紛れていないか、それとなく一人一人の顔にピントを合わせ、ささやかな愚行を止められない自身に自嘲の笑みを零した。

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