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「少し見ない間に身長が伸びましたか? この調子だと、いずれ追い越されそうです」
そう言う一ノ宮は百八十センチを超えるスラリとした長身だった。アルファ性の三十二歳。端整な目鼻立ちをした細面にシルバーフレームの眼鏡をかけ、スタンドカラーのシャツにジャケットを羽織っている。
きめ細かく若々しい肌、落ち着いた物腰、艶のあるバリトンボイスは洗練された魅力を奏でていた。
「凛聖の制服、とても似合っていますね」
左の薬指には指輪がはめられている。オメガのパートナーがいると、以前、恋人の有無を尋ねた同級生に回答しているのを鳴海は見かけたことがあった。
「学校生活はどうですか。大切な友人はできましたか?」
何度かメールの遣り取りをし、多忙に違いない一ノ宮に打診されて、気後れしつつも今日会う約束を受け入れた。協調性に欠け、単独行動が目立っていた教え子を静かに見守り通した元担任。恩師と呼べる彼に問われ、脳裏に浮かんだ人物に鳴海は苦笑を洩らす。
「気にかけてくれる上級生はいます」
一人の時間を邪魔されて最初は対応に困った。屋上庭園での出来事もまだ尾を引いている。
でも、気取らずにあっという間にパンを完食したり、階層重視だというアルファのグループが接近しようとすれば駆けつけてくれたり、何物にも縛られずに自由に行動する彼の前向きな人間性に徐々に絆されていった。
(きっとあの人には迷いも怖いものも、ない)
立て続けに発情期に見舞われると、意欲や気力を失って日常生活への完全復帰が遠退くケースもある中、弟の碧は天真爛漫そうで生き生きとしていた。家族を最優先にした兄の献身的なサポートがあったからこそだろう。
弟思いで、たとえ有り余る保護欲の捌け口にされていたとしても、それでいいと思った。
『俺が守る』
面と向かって立てられた誓い。
湖畔で紡がれた真摯な眼差しを思い出し、鳴海の頬は我知らず紅潮した。
「鳴海君」
名前を呼ばれてハッとする。一ノ宮がコーヒーカップ片手に驚きの表情を浮かべており、何か失言でもあったのかと焦った。
「いいえ。こちらこそ、すみません。どことなく雰囲気の変わった君に目を奪われていました」
瀟洒なウォールライトが点す、温かみある明かりの中で彼は微笑した。
「きっと素晴らしい出会いに恵まれたのでしょうね。何か部活に入って知り合ったとか?」
「部活には入ってません、その、お昼を一緒に食べるようになって、餌づけするみたいに次から次にパンをくれるというか」
「餌づけですか」
「本人はいっぱい食べるし、食事のスピードも速くて、でも見ていて気持ちのいい食べ方で。最初は威圧感があって落ち着かなかったんですが、本当は家族や友達に必要とされている、思いやりのある人で。普通だったら校則違反になる髪の色も、とても似合っていて、真夜中の月みたいな……」
大きく変化していった舜の印象について、正直に語っていた鳴海は、はたと口を閉ざした。
ウテルス・オメガという性を呪った夜。
二度と戻らない母親に会いたがった夜。
寝つけずに窓から外を見上げれば、冴え冴えしい深夜の月がそこにあった。
(時間を忘れて、いつまでも見入っていた)
「鳴海君? どうかしましたか?」
鳴海は首を横に振った。
舜を、かつて縋ったものと無意識に重ね合わせていたなんて、馬鹿げている……。
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