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 翌日の昼休み、ランチを抜いて図書館へ直行しようとした鳴海は、クラスメートに道を塞がれて出鼻を挫かれた。 「いい加減、身の程を知って。上流階級の格を下げるようなことしないで」  同学年ながらも苛立つアルファの怒気に、教室にいたベータの生徒はびくつく。怒れる優等生等と対峙した鳴海は、物怖じせずに冷静に対応した。 「今から図書館に行く、御堂さんのところへは行かない」  毅然とした態度で敵意をやり過ごす。他の校舎から独立している二階建ての図書館へ移動すると、おすすめコーナーにあった本を適当に手に取り、一階のテーブル席でページを捲った。 「――鳴海」  昼休みの半ば、舜は図書館に忽然と現れた。 「カフェテリアに来ない、教室にもいない。目についたクラスメートに聞いて、ここだと教えてもらった」  当たり前のように隣に腰かけ、テーブルに頬杖を突いた舜は真横から鳴海を覗き込む。 「昼、抜いたのか」 「……食欲がないんです」 「顔色は悪くなさそうだが」 「……御堂さん、図書館での私語は原則禁止です」  鳴海は本に視線を縫いつけていた。平常心を引っ掻き回され、内容はまるで頭に入ってこなかった。わざわざ図書館まで探しにきた舜に、仄かな昂揚感が湧き上がるのを止められなかった。 「何も食べないと午後がもたない」  その上、制服のポケットから個装されたお菓子を取り出し、平然と包装を破ったものだから、ぎょっとした。 「飲食こそ禁止されてるのに……怒られますよ?」 「怒られる前に食べたらいい」  鼻先に一口サイズの焼き菓子を差し出された。ただでさえ目立つ舜だ、すでに周囲の生徒があからさまに関心を寄せている。職員が近くを通りかかったら即座に見つかってしまうだろう。  焦った鳴海は、クリームをサンドしてある丸っこいお菓子を彼の手から直接食べた。 「もう……ポケットから何も出さないでください、もう食べませんから」  片手で口元を覆って自棄気味に頬張っていると、舜にまじまじと見つめられて当惑した。 「まさか俺の手から直食いするとは思わなかった」  鳴海は咀嚼しきれていなかった、舌の上で大人びた酸味が弾けるカシス味のマカロンをゴクリと飲み込んだ。 (手で受け取って食べてもよかったんだ)  気が焦って咄嗟に及んだ行為に赤面する。自ら餌づけされにいったも同然だと恥ずかしくなり、舜から顔を背けようとした。 「希少な野生動物に懐かれた気分だ」  声を立てずに笑う彼を見、繋いだ視線を解くのが惜しくなる。 (この人には敵わない)

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