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一学期の期末テストも終了し、夏休み開始まで残り半月を切っていた。
「恭太郎、ブラックペッパー取ってくれるか」
「飲み物はどれがいい? アイスティー? オレンジジュース? ミント水?」
「今日はオレンジジュースにしようかな、碧ちゃん」
土曜日の昼下がり、鳴海は舜の自宅マンションに招かれた。クラスメートが話していた通り、高級物件となるメゾネットタイプのペントハウスはルーフバルコニー付き。リビングの壁一面に広がる大きな窓は自然光に満ち溢れていた。
「鳴海さん、どれから食べますか?」
ウォールナットのダイニングテーブルには、大皿に乗せられたパンやサラダ、飲み物がたっぷり入ったピッチャーなどが並んでいる。
「スープはどの味にする? 鳴海君、アレルギーとかあるんだっけ?」
甲斐甲斐しくもてなしてくれる碧、幼馴染みの家で勝手知ったる風の恭太郎に世話を焼かれ、鳴海は若干辟易してしまう。
「碧も恭太郎も構い過ぎだ。自分で好きなものを選ぶだろ」
向かい側でキッシュを切り分けている舜の言葉に、内心、ほっとした。
舜と碧の両親は不在だった。事前に恭太郎に教えてもらっていたのだが、二人してなかなか特殊な仕事に就いており、彼自身も滅多に顔を合わせないそうだ。
アルファの父親は民間の警備会社に籍を置く、身辺警備業務を専門とする4号警備員だった。
オメガの母親は映像化も度々されている著名なミステリー作家であり、今は近場のホテルにこもって新作を執筆中だという。
(ナイフに冷静に対処していたのは、お父さんの影響だったのか)
舜は父親に護身術を教わっている。恭太郎から聞き知って、鳴海はやっと腑に落ちた。
(昔は喧嘩に明け暮れていたとかじゃなくて、よかった)
「鳴海さんのお家って、どの辺なんですか?」
兄弟並んで着席する碧に質問された。今日の訪問を無邪気に喜んでいた一つ年下の少年に、鳴海は誤魔化さずに答える。
「櫻葉町 だよ」
「俺には何一つ教えてくれなかったのにな」
すかさず舜が口を挟み、意外にも含みのある言い方に驚かされた。
出会って間もない頃、個人情報および凛聖のスクール・モットーについてはぐらかしたが、まさか根に持っているのだろうか……。
「じゃあ中学は櫻葉ですよね?」
確かに櫻葉中学校に通っていた鳴海が頷けば、碧は何故だか前のめりになって目を輝かせた。
「友達の友達が櫻葉中なんですけど、すごくかっこいい先生がいるんですよね! 確か名前は、えーと、ニノミヤ先生だったかな」
「多分、一ノ宮先生だと思う」
「そうそう! 授業もわかりやすくて、優しくて、人気があるって聞きました。鳴海さん、教えてもらったりしましたか?」
「うん。担任だったし、お世話になった。卒業した後も、会って話を聞いてもらったり」
「それって学校へ遊びにいったときとか、ですか?」
「ううん。外で待ち合わせして」
「それってデートじゃないんですか?」
鳴海の隣でチーズタルトを吟味していた恭太郎が吹き出す。聞かれた本人はポカンとしてしまい、反応が遅れた。
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