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「……全く違うよ、碧君。そんなわけない。一ノ宮先生は恩師みたいな存在だから。それに先生にはパートナーだっているし」
「ふーん。どんなところで、どんな話をするんですか?」
「そ、れは……」
前回、喫茶店で一ノ宮に話した内容は、さすがに舜の前では言いづらかった。
「二人っきりで、こっそり会っちゃうんですか⁉」
決して勘繰られる関係ではない。アップルパイをフォークで突っついている、一ノ宮の話に興味津々な碧に鳴海は順を追って説明しようとした。
「まだどれにも口をつけていないな、鳴海」
舜の一声に碧も恭太郎もはたと口を閉じ、鳴海の手元に注目する。
「まだ水しか飲んでいない」
ランチが始まって十分以上は経過していた。確かにミント水を飲んだだけで、メインに手をつけていない鳴海は返事を言いよどむ。
「いつもと比べて顔色も悪い」
「え、鳴海君、具合悪いの? 大丈夫?」
「そこのソファで休みます? 僕のベッドでもいいですよ!」
周りに一斉に気遣われて鳴海は周章した。寝不足で軽い頭痛がするだけだと伝え、父親に対して口癖になっている「大丈夫」を反芻した。
(かかりつけの病院で定期的に診てもらってるし、ヒートでもない)
ウテルス・オメガにヒートは起こらない。本来ならば義務づけられている抑制剤の定期接種も特別に免除されている。
代わりにウテルスには別のものが訪れる。
二十歳前後に発来すると言われている、ウテルスだけが課せられる現象が……――。
「昼寝したらいい」
心の奥底で不安の火種が爆ぜる音を聞いていた鳴海は、目を見張らせた。
「ソファでいいだろ、タオルケットを持ってくる。日当たりがよすぎる分、夏場は苦行に近い暑さ対策で冷房を強めにしてるんだ。しばらく休んで、楽になったら戻ってきたらいい」
遠慮する暇もなかった。腰を上げたかと思えば、真横に立った舜にソファへの移動を促され、手触りのよいタオルケットを膝にかけられた。
「おやすみ、鳴海」
頭をくしゃりと撫で、舜は吹き抜けのリビングを横切ってダイニングテーブルへ戻っていく。鳴海は何も言えずに彼の背中をただ見送った。
「舜兄、泳ぐみたいに流れるみたいに動いてた」
「俺も見習いたいよ、その観察眼とか行動力とか」
再開された和やかな食事。他人の家で遠慮がちに横になった鳴海は、センスのいいモノトーンの家具を眺める。さざ波じみた彼等の会話を聞いている内に、眠気が押し寄せ、瞼は自然と閉ざされていった。
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