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 出入り口で見張り役の一人を速やかに戦意喪失させていた彼は、勢いのまま、大股で通路を突き進んだ。まず鳴海を押さえつけていた生徒を蹴り飛ばす。反撃に出遅れた彼等を次々と引き剥がし、最後は丹羽の横っ面を問答無用に殴りつけた。  振るわれる前に床に落ちたナイフ。  持ち主に突き刺して返上してやりたい衝動に駆られたものの、今は鳴海をこの場から連れ出すのが先決だった。 「……舜……」  猿轡が外れ、床の上で胎児のように丸まった鳴海に名を呼ばれ、舜の動きはピタリと止まる。それまでの勢いが嘘のように、たった一瞬で失われた。  全身にねっとりと絡みついてくる生々しいオーラ。  性的興奮を誘発する扇情的な匂いに骨身ごと辱められそうな。 「ヒート……真っ最中なんですよ、そのオメガ」  ただ震えている鳴海の代わりに、長椅子の間で蹲っていた丹羽が口を開いた。 「僕達は、楽にしてあげたかった、だけ、です」 「……」 「御堂先輩に譲りますよ、一口目は……食べ残しをもらえれば……十分です」  ウテルスの性フェロモンに魅了されたアルファの群れは、暴力的なまでに煽り立てるオメガの元へ、懲りずに這い寄ろうとした。 「やめろ」  ひたすら打ち寄せてくる押し波の如き痛みに耐え、起き上がろうとした鳴海は瞠目する。 「誰も鳴海に近づくな」  舜に抱き寄せられ、その腕の中で息が止まりそうになった。  力強い抱擁に寒気が紛れる。痛みも和らいだ気がした。心臓が溶け合うんじゃないかとさえ思った。 「次に鳴海に触れたら……――」  研ぎ澄まされた殺気。尋常ならない興奮に理性を侵食されていた丹羽達も、さすがに恐れ戦く。同じアルファでも気迫の差は歴然だった。太刀打ちできない相手に無様に屈するしかなかった。  舜はそれ以上何も言わず、鳴海を抱き抱えてチャペルを後にした。 「そんな、鳴海君……」  最上階にやっと到着した恭太郎は、舜に抱かれている後輩の悲惨な有り様に言葉を失った。  ――居場所について教えてくれたのは鳴海のクラスメートだった。丹羽のグループに強引に最上階へと連れていかれた。担任に知らせようか迷ったが、教師一同は職員会議の準備で慌ただしく、報告しそびれたらしい。  中庭で恭太郎と一緒にいた舜は、深刻な事態であるかどうかの判断がつかずに、帰り際におずおずと声をかけてきたベータ性の外部生から話を聞くなり、駆け出した――。 「一先ず保健室に行く」  杞憂であってほしかった嫌な予感は的中してしまったのだ。 「うん。荷物とか、は……」  遅れて駆けつけた恭太郎が唐突に黙り込む。別棟にある保健室へ急ごうとした舜は、妙な違和感に足を取られた。鼻を覆った幼馴染みの指の間に血が伝うと、新たな予感がぬっと頭を擡げ、眉を顰めた。 「恭太郎、お前は来るな、教室で休んでろ」  恭太郎を最上階に残して階段を駆け下りる。  腕の中でいつの間に気を失っていた鳴海の冷えた体に、罪深い欲情を募らせながら。

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