27 / 46

7-2

「退学になったのは丹羽だけ?」 「丹羽さんはナイフを持っていて、首謀者だったらしいから」 「そっか。他は停学か。何か甘いな」 「みんな退学でいいのに。ううん、逮捕でいい」  混雑する時間帯を一旦過ぎたファミレス。連絡先を交換していた碧からメールをもらい、鳴海の自宅近くで恭太郎も交えてお茶をすることになった。 「俺のヒートに影響されたのも事実だから、改善の見込みがある生徒から教育の機会を奪うことはできない。先生にそう言われたけど」  学園が下した処分に釈然としていない恭太郎と碧に、鳴海はポツリと呟く。 「丹羽さんは他の人達から全責任を押しつけられたのかもしれない」  彼等の元々の目的が動画撮影だった件について、丹羽に脅されて他のメンバーは渋々従っていたと学年主任から説明があった。鳴海の目には、とてもそうは見えなかったが、反論するのも憚られて仕方なく受け入れた。 「だとしても全く同情できないかな」 「そういうの、自業自得って言うんだよね? 因果応報もあてはまりそう」 (……俺はウテルスだって、まだ言えない)  鳴海は、まだ一度も、自分の口から本当の「第二の性」を誰かに打ち明けたことがなかった。長らく劣等感を抱き続けてきた故に、二人に対してもヒートを起こしたと伝え、事実を偽っていた。 「御堂さんは……お兄さんはどうしてる?」  夏休みの間中、気になっていた舜の様子を思い切って碧に尋ねてみれば、予想外の答えが返ってきた。 「舜兄は、多分、元気にしてます」 「多分……?」 「友達のお家やホテル、それから知り合いの人の別荘に連泊してるんです」 「一足先に卒業した元同級生とか、クラブで知り合った年上の人とか。舜君って交友範囲がだだっ広いんだ」  ボックス席で二人と向かい合った鳴海は、つい無言になる。今まで知らなかった舜の一面。十九歳の彼が見渡している、内向的な自分とは無縁の世界に漠然とした隔たりを覚えた。 (クラブって、部活動じゃなくて夜遊びするところ……だろうな) 「鳴海君?」 「あっ……その、御堂さんに助けてもらったお礼をしていないから、気になって」 「あー。そっか……」  恭太郎は正面で俯き気味に話す鳴海と、隣で夏限定のスイーツを食べている碧を見比べた。  あのとき、舜に抱き抱えられた後輩が纏っていた、ひどく悩ましげな匂い。  ヒートでダウンしていた碧の生活を恭太郎は間接的に支えてきた。弟につきっきりの兄に代わって、主に買い出しや家事を手伝った。たまに寝室から出てきたオメガの少年と出くわす日もあったが、著しい影響は受けなかった。  鳴海の場合は別物であった。  ぞっとするレベルの誘惑に値した。  同じオメガでも個人差があるのだろう。ウテルスの情報に疎いベータ性の恭太郎は、明確だった違いをあっさり見逃し、味が薄まったメロンソーダを氷ごと飲み込んだ。 「俺のせいで迷惑かけたんじゃないかって、申し訳なくて」  この身と同じくヒートに苦しんだと信じて疑わない碧は、兄のことを気に病む鳴海を元気づけたくて、言葉を繋ぐ。 「舜兄はヒートになった僕のそばにいてくれたし、家族間ではあったけど、他のアルファよりも免疫があると思うんです」 「……強い人なんだね」 「うんっ。それに優しいから。気にしないでください」 「そう……ありがとう、碧君」 「またいつでも家に遊びにきてくださいね。みんなでホラー映画見ましょう!」 「碧ちゃん、俺はホラー苦手なんだけど」 「知ってるよ?」  気の置けない仲である恭太郎と碧の遣り取りを見、鳴海は漸く笑みを浮かべた。

ともだちにシェアしよう!