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8-1-彼を諦める……?

 ウテルス・オメガだと気づいたのかもしれない。  月経になれば、誰彼構わず誘惑する存在だとわかって、幻滅したのかもしれない。 (ウテルスじゃなかったら)  二学期が始まって一週間近く経過したが、舜は一度も鳴海に会いにこなかった。 (もしかしたら……)  昼休みの中庭で鳴海は卵サンドを食べ終える。カフェオレを飲み干して食事を済ませれば、遅いペースだったにもかかわらず、午後の授業開始までまだ十分余裕があった。  舜と過ごした昼休みはあっという間に終わっていた。  一人で過ごす時間は心地よかった。でも舜と出会って、一緒にいる時間を重ねて、そのひと時に些細な喜びを見出すようになった。おいしいとか、楽しいとか、どれも単純でありふれたもの。十代に入ってウテルスであることへの不安が強まっていった矢先、母親を亡くした鳴海にとって、それらは懐かしい感情に値した。  特異な存在。異質な体。気づかれるのが怖くて、他者との間に壁をつくり、単独行動に偏っていた。 『隣、空いてるか?』  閉ざされがちだった世界を舜は抉じ開けてくれた。 (普通のオメガだったら、もっと一緒にいられたのかもしれない)  不安の火種に心を弄ばれて、鳴海はため息を洩らす。身の内に沈殿する煙たさを少しでも吐き出すかのように。 (振り出しに戻ったみたいだ)  拒むのなら俺に近づかないでほしかった。  あの日、チャペルで、抱きしめないでほしかった……――。 「鳴海君」  項垂れていた鳴海はハッとした。ここ最近、単身で中庭へ顔を出すようになった恭太郎が隣に腰かけると、妙に肩に力が入ってしまう。 「今日さ、放課後ちょっと寄り道しない? 碧ちゃんも会いたがってたし、前に行ったファミレスとかで」  気にかけてくれる上級生に「すみません、今は……」と、曖昧に返事を濁した。  今は情けない顔を見られたくなくて視線を合わせようとしない下級生に、恭太郎は無理強いせず、いきなり背伸びをした。 「まだちょっと暑いけど、外の方が伸び伸びできるなぁ」  他愛ない独り言で場を和ませようとする、気取らない恭太郎の優しさを鳴海はただ黙って受け止めた。

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