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「舜兄」  いつにもまして鋭い眼差しをした舜は、弟の碧に呼ばれても無反応で、一ノ宮の片腕を捕らえたままでいた。 「ま、待って。アレが何だったのか、まだはっきりしてないから……」  ブルゾンを羽織った、よく見れば肩で息をしている舜を間近にして鳴海は思う。 (こんなに近くにいるの、久し振りだ)  数秒間、彼への想いに忠実に目を奪われる。だが、いきなり現れたかと思えば一ノ宮の腕を掴むという非常識ぶりを見咎め、おずおずと口を開いた。 「御堂さん、先生から手を離してください。そもそも、どうしてここに……? 碧君、澤さんと落ち合う約束でも――」 「水を飲んだか」  余りにも脈絡のない問いかけに鳴海は戸惑った。 「店で一口でも飲んだのか、鳴海」 「ッ……店って、ファミレスのことですか? お水なら飲みましたけど……」  まるで状況が呑み込めずにいる鳴海を余所に、恭太郎が舜に声をかける。 「鳴海君が飲んだのは二杯目だ。その、例の一杯目はこの人が自分で捨てにいった」  いよいよもってワケがわからない。  途方に暮れる鳴海を見兼ねたのは碧だった。恭太郎にしていたように、腕にしがみつき、車の走行音に掻き消されそうな小声で耳打ちしてきた。 「僕が舜兄を呼びました。僕と恭太郎、鳴海さんと同じファミレスにいたんです。正確に言うなら先に……それで、お店から舜兄にメールしました」  ヒートに関しては思い違いであったらしい。安堵したのも束の間、一向に理解が追い着かない状況に鳴海は焦燥する。  普段の明るさを失い、頑なに寄り縋ってくる碧は、先程から一ノ宮を怖がる素振りを見せていた。 「水に何かを入れたのは、はっきりしている。そうだな、碧」  舜の発言が言い知れない胸騒ぎを加速させる。 「ここでは何なので、別の場所へ移動しましょうか」  片腕を解放された一ノ宮がどこまでも冷静で、不躾な真似に至った舜に穏やかに話しかける姿に当惑せざるをえなかった。 (先生には、不可解でしかないこの状況が理解できている……?)  やまない街頭のざわめきが鳴海の鼓膜を過敏に震わせた……。

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