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「卒業後に再会して、否応なしにわかりました。君が誰かに心を奪われていること。会う度に前よりも惹かれていっていること」  一ノ宮は立ちはだかる舜を横目で見、唯一無二の教え子にまた視線を戻す。 「誰かのものになるくらいなら、せめて奪われる前に、君の純潔を手に入れたかった」  鳴海は息を呑んだ。舜のブルゾンを無意識の内に強く握り締めた。 「そんなの……嘘ですよね……」  嘘だと思いたかった。恩師との思い出が崩れ落ちていくのを止めたくて、そう願わずにはいられなかった。  舜の背後で立ち竦む鳴海に一ノ宮は微笑を深める。 「でも、君が涙する姿に一旦心を改めました。可哀想で愛しくてならなかった。君のことを全力で守ってあげたくなった。だから。粉末を入れた一杯目の水は廃棄することにしました」 「その粉末って……一体……」 「いわゆるセックス・ドラッグです」  求めていた回答を聞くなり、舜は一ノ宮の胸倉を両手で鷲掴みにした。乱暴な振舞に動揺するでも抗うでもない、悠然と佇む、ほぼ同じ背丈のアルファを睨みつけた。 「まさか鳴海君の友人に見られていたとは。前に利用した喫茶店だったなら……ね。こんな展開になるのなら、もっと早い段階で薬を飲ませておけばよかった。君のことを好きなように犯して、肌の隅から隅、奥の奥まで、余すことなく堪能しておけばよかった」  故意に鳴海を恐怖の奈落へ突き落とす、あからさまな欲望を物語る一ノ宮に舜は激昂する。ジャケットを掴む両手にさらに力を込めた。 「どうしてそこまで言う必要がある。何のつもりだ?」 「鳴海君に警戒されて、もう、私の本望は遂げられない。成就されない」  怯える教え子に一ノ宮はかつてないくらい見惚れる。 「それならいっそ。愛しい君に私の爪痕を残していこうと思いました」 (悪夢だ)  狂気めいた愛情に鳴海は打ちのめされた。美しい仮面が剥がれ、惜しみなく曝された歪んだ本望に吐き気と動悸がした。 「君を傷つけた私を忘れないで、鳴海君」  瘡蓋でも繕えない、鳴海の心に深い傷跡を残したかった一ノ宮は、やはり微笑を崩さない。 「――俺が塞ぐ」

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