38 / 46

9-7

 息苦しさに襲われ、足元から冷たくなっていた鳴海は、自分のすぐそばへ戻ってきた舜を仰ぎ見る。 「膿んでも、血が溢れ出したとしても。何度だって鳴海の傷口は俺が塞ぐ」  切れ長な双眸は限界まで見開かれた。  恐怖で凍りついていた心身が熱を取り戻していく。真摯に寄り添い、真新しい傷口を癒そうとする舜に胸がいっぱいになった。  微笑を絶やした一ノ宮は殺伐とした視線を舜と通わせ、隣のアルファに無防備に身も心も許すオメガを最後に見、公園から去っていった。 (どうして、また、守ってくれたんだろう……?)  黄昏の中で舜を隣にして鳴海は迷う。どう声をかけたらいいのか、わからない。外敵と見做した一ノ宮を、視界から消え去るまで目で追う彼を見上げ続けた。 「……行ったな。もう大丈夫だ」  視線が重なると、つい、逸らしてしまう。 「……御堂さん、煙草の匂いがする」  不穏な動悸とはまた違う、昂揚した風に胸を打つ鼓動が止まらなくなって、鳴海は深々と俯いた。 「クラブのデイイベントにいたんだ」  碧のメールを確認するや否や、舜は一緒にいた知り合いにろくに言葉もかけずに、地下フロアの狂騒を飛び出していた。タクシーを拾い、途中で渋滞に巻き込まれると、下車して走ってきたのだ。 「クラブ……」 「部活動のクラブじゃないぞ」 (それくらい、わかってる) 「アイツがお前の担任だった櫻葉中の一ノ宮なんだな」  一ノ宮について触れたのは、舜の自宅に招かれたときの一度きりだった。どうやら記憶していたらしい彼に「そうです」と鳴海は返事を絞り出す。 (全くわからなかった)  一ノ宮に想いを寄せられていたこと。独りよがりな愛情表現を惜しまない、美しい仮面の裏に潜む残酷な本性に改めて慄然とした。 「碧と恭太郎は、あの男から鳴海を引き離そうと、二人なりに必死だったんだろう」 (みんながいなかったら、俺は……)  碧と恭太郎が偶然にも居合せた幸運を噛み締めた。  いざというときは駆けつけ、自ら進んで盾となる舜に抑えようのない想いが溢れた。  鳴海は決心する。 「俺はウテルス・オメガです」  夕日と宵闇が隣り合い、冷えていく夜気に紡がれた、生まれて初めての告白。 「終業式のとき、チャペルで……月のものが始まりました。ウテルスの月経はヒートよりも……周りを惑わせるんです」  パーカーの余った袖を握って、緊張を紛らわせる。どうしても顔は上げられずに、だが誤魔化さずに続けた。

ともだちにシェアしよう!