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第2話
「それよりメイドさん、何で今日はこんなにお話してくれるの?偉い人に怒られない?」
それが一番心配だ。
「この搭の見張りさえも召集されております。」
「見張りがいないからってお話してくれるようなメイドさんじゃないでしょう?」
このメイドさん、僕の食事や小さいときは身の回りの事を受け持ってくれていたのだが真面目という言葉をきっちり体現していて、話しかけて返事を貰えた事はほぼない。
笑顔も見た事ないから何故今になって話してくれるのか不思議なのだ。
「…そうですね、先日息子が亡くなりました。」
「息子さん?」
「えぇ。下級騎士でしたが正義感の強い子で、国に身を捧げていたのですが獣人の子が捕らえられて見せしめに殺されそうになっていたのを咄嗟に庇ったようで。」
外側から吸収されていると言っていたから、征服されそうな地域では勿論戦になるだろう。
メイドさんは息子さんが死んだというのに淡々と話す。
「息子は国を裏切りました。騎士は息子を嘲笑い、守られた獣人の子に再度剣を振り上げたところで隣国の戦士が駆けつけたそうで戦う事なく逃げたとその場にいた息子の幼なじみから聞きました。咄嗟に何も出来なかったと泣いて謝りに来てくれたのですが、彼は遺品として身につけていたものを持ち帰ってきてくれたのです。」
「…息子さん、優しい人だったんだね。」
何と言ったら良いかわからなくてそう言うと、メイドさんはクスリと笑う。
「子から話を聞いた戦士は仲間と逃げる事も出来ず呆然と立ち尽くす幼なじみに頭を下げ遺品を渡してくれたと。私は何が正義なのか解らなくなってしまいました。」
「きっとこんなに話をしてしまったのは貴方が息子のしたことをバカにせずに、裏切り者だと笑わずにいてくれると思ったからだと思います。」
気がついたらメイドさんはいなくなっていた。
息子さんの事を思うとやるせない気持ちになる。
でも、僕がそんな事を思う資格があるのだろうか。
ずっと狭い世界で生きてきた僕はあまり感情というものが動かない。
タカギといると楽しかった。
タカギがいなくなって淋しかった。
これは、きっと悲しいという気持ち。
胸がもやもやして気持ち悪くてジクジクと痛む。
悲しいというだけで涙がつーっと流れて、止めようと力を入れたらヒック、ヒックと浅くて苦しい呼吸になった。
苦しくて、息を大きく吸って吐いたら止めてた涙がどばっと溢れて止まらなくなってしまった。
お月様を眺めたら少し落ち着いてきたけど、同時にここ最近毎晩ある結界への衝撃を受けてまた悲しくなった。
毎晩、強い衝撃を受ける。破られる事はないけれど、何度も何度も繰り返すと最後に必ず声が聴こえてくるのだ。
「ウォーン」
あぁ、ほらまた。
連れ合いを失くしたのか、探しているのか、淋しそうな狼の遠吠え。
その声にいよいよ堪えられなくなって、僕も木窓から見えるお月様を見上げながら泣き声をあげたのだった。
泣きつかれて眠って次の朝、変わらず結界の綻びをチェックする自分に少し呆れてしまう。
身支度を整えてたいして汚れていない部屋を掃除して、ぼんやりと過ごす。
お腹がすいて夕食を待っているといつものメイドさんがいつもの食事を持ってくる。
今日は話かけても返事をしてくれないいつものメイドさんで、ちょっぴり淋しいけど、変わらない安心の方が大きい。
変わったこともある。何故かこの日から狼の鳴き声を聞くとぽろぽろと涙が出てきてしまうようになったのだ。悲しくて泣いたときに鳴き声を聞いたからなのか。
それとも日に日に鳴き声が泣いているように聞こえて辛くなるからだろうか。
暫くたって、僕は今日も淋しく結界をはっているけどいつもと違って来客があった。
一人はいつもの偉い人。一人はいつもの魔術師さん。もう一人、初めて見るその人は更に偉そうな人。
「陛下の御前だ。頭を下げろ。」
僕は陛下と呼ばれたその人をジッと見つめる。
陛下って王様って事だ。国で一番偉い人…そんな人が来るなんて嫌な予感しかない。
再度頭を下げろと怒鳴られ、無理やり頭を下に下げられるが力が強くてバランスを崩し床に膝をついてしまう。それに満足そうに笑う嫌な声。
「よい、よい。乱暴はするな。」
穏やかな声が聞こえて思わず顔を上げて後悔した。穏やかな声なのにバカにしたかのようなにやけた顔。でっぷりとしたその体型に相まって不気味ですらある。
「さて、膨大な魔力量でありながら結界しかはらぬのは何か考えがあっての事であろうか。」
「……」
相変わらずだんまりな僕に皆苛ついているのが伝わってくる。
魔術師さんたちは無礼だとか騒いでいるけど王はにたにたと笑って此方を見ていて気持ちが悪い。
そんな時に空気を読まない友達、キリが穴から顔を出した。
来るなと念じたがキリに伝わる事もなく、てけてけと取っておいたパンに一目散に向かっていく。
丁度キリが此方を見ながら目の前を通ったとき「ぎっ、」という声がして、キリに剣が突き刺さった。
見た情報が頭に回って、キリが王に刺されたのを理解した。
ぶちっと何かが切れる音を聞いた。目の前が真っ赤に染まる。
テーブルセットや少ない本がカタカタと音をたてる。
「ほう。今以上に魔力が増えるのか。」
一度剣を抜くとぴくぴくと痙攣していたキリに何度も剣を突き刺す。
ぐちゃぐちゃになったキリを見て手がぶるぶると震えている。
座り込んだままの僕の頬に何かが飛んで、震える指で拭うと指先が赤い。
ガタガタと揺れ出すこの塔で王が僕に向かっていい放つ。
「その怒りを野蛮な獣どもにぶつけるのだ。お前ならできるであろう?殺せ。」
怒り?これが怒りなのか。ぶるぶる震える指を握りしめて立ち上がる。
「お前が死ね。」
震えは止まっていた。空中で開いた右手を少しずつ閉じていく。
「、がぁッ、ぐっ」
喉元を必死に掻きむしる王を見て慌てた二人が向かって来るが左手で軽く払えば吹き飛ばされる。
少しずつ、少しずつ、苦しんで死ねばいい。
「ウォーン」
ハッとして手を開く。涙がぽろぽろと流れてくる。
鼻水やら涎やら垂れ流している汚い王がドサリと倒れてフガフガと息をしている。
今日も泣きそうな鳴き声。
お腹はすいてないかな?
こちらに向かってくる三人を纏めて身ぐるみ剥がして狼さんの所へ飛ばして、この日久しぶりにこの国の結界を解いた。
キリに治癒をかけると表面の傷は治ったが生き返る事はなかった。
何だかもう、疲れた。
このまま捕まって殺されてもいいや。
この国と隣国と、どちらに殺されるだろうか。
あぁ、でも最後にタカギに会いたい。
それと、あの淋しそうな狼さんにも。
思考が働いてたのはそこまでで、僕はキリをそっと抱いてベッドに倒れ込むようにして眠ったのだ。
目が覚めて、冷たいキリにまた悲しくなった。
夢だったら良かったと心から思う。
小さい時にタカギがくれた王都で流行っているというお菓子。
甘くて美味しくてほっぺたが落ちそうで、箱も捨てれなくて宝物入れにした。
押し花やタカギがくれた髪止めを出してキリを入れる。
人は死んだら棺に入れて土に埋めると聞いた。
タカギの故郷では生前好きだったものや花を沢山入れると聞いたから、花を敷き詰めよう。木窓を少し開けて外をみるといつもと変わらない。
誰もいなくて、雑草が沢山生えているけど小さな黄や青の花も見える。
昨日王逹が来たから鍵は空いたままで、そろりそろりと階段を降りる。
キィッと立て付けの悪いドアを開けると全身に柔らかい風を感じる。何年ぶりだろうか。
靴などないから裸足で一歩を踏み出した。
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