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クレイグ視点 3
隣国はかなり追い込まれていたが、こちらの要求へは答えず。
結界外への制圧や根回しなどの諸々ももう片付く。
結界の中だけでは残りの糞共も生きてはいけないだろう。金や名誉、爵位では飯は食えない。
自分で、結界を解いて貰えれば直ぐに攻め込めるのだが、タカギ曰く、あの子は結界の外はヒトを生のまま噛る獣だらけだと教わっていたそうで、違うと教えていても実際に自分のその目で見るまでは信じられないだろう。
その時は、突然やってきた。
ビリビリと肌を刺すような魔力の揺らぎ。
思わず獣化して、急いで結界へと向かう。
これは…怒りか。今、何が起きているのか。何もわかる術がない自分に腹が立つ。
ゾクリ、と背筋が凍る。
このままでは、あの子が壊れる。
「ウォーン」
遠吠えが聞こえるか。俺はここにいる。自分に出せる最大の力を使ってあの子に話しかける。
ぷつり、と緊張の解ける音が聞こえた気がした。
途端にドサリ、ドサリと人が投げ込まれる。かろうじて息はあるが、手足は複雑に曲がり、汚い呻き声をあげている。
このままでは、死んでしまう。殺してはいけない。
本能のまま噛み殺したいのを必死に抑えて、兵士たちに運ばせる。
そして、結界の解かれた地へ歩みを進めたのだ。
あの子のいる塔はすぐにわかった。古い扉を開けて、ゆっくりと階段を進めばふわりと漂うつがいの匂い。
固そうなベッドの上で、頬に涙の痕を残して眠るその腕には小さな鼠。
小さな身体で小さな鼠を守るようにして横になる、その粗末なベッドには綺麗な青紫の髪が散らばっている。
その髪を一房取って口づければ、知らずに涙が流れた。
寝起きに知らない男がいたら驚かせるだろうと、朝になるまで外へ出て獣化して待つ事にする。
心臓が痛い程音を立て、落ち着かずに夜を明かしたのは言うまでもない。
塔の見える木の下で寝そべり、扉を見つめる。
少し前にあの子が動き出すのを感じた。
そろりそろりと扉を開けて外へ出ると、土を踏み締めて「おおっ」と驚きの声を洩らす。その仕草が可愛くて、今まで外へ出られなかった事が不憫で、胸が締め付けられる。
昨夜の鼠の墓を作ろうとしているのか、箱の中に花を咲かせる雑草をプチプチと摘んでいる。
それにしても警戒心もなく、俺が真後ろにいる事にも気付かず、ヒトとの関わりがないとこうも無防備なのか…
自分でやりたいのだろうと細く小さな手で土を掻く姿を見ても我慢していたのだが、このままでは爪が割れてしまう。
自分でも無理だと悟ったのか、立ち上がり、振り向いたところで俺の存在に気がつき、尻餅をついてしまう。驚いたのか後退り、おどおどとしている様子に申し訳なく思い、情けない声を出しながら伺うと、少しずつ近づいてきて、触れてくれる。
なんと言う幸福感であろうか。
怪我の心配までしてくれて治癒をかけられる。心地よい魔力に気分が高揚し、穴を掘ってやれば大層喜んでくれて、こちらまで嬉しくなる。
鼠との別れが済んだのであろう、手を振って戻ろうとするのを慌てて引き留める。
「狼さん、僕の結界を破ってまで会いたかった狼とかがいるんじゃないの?」
そんなのお前しかいないだろう!と無理矢理着いていけば井戸の冷たい水で手を洗い、あろうことか服を脱ぎ、身体まで洗おうとする。身体が冷えてしまう、と思うより先に見張りをしている兵士たちを振り返り睨む。
パッと反らされる瞳を背に、塔の中に押し込んだ。
そこからはもう、反省しかないのだが。
「もー、じゃあいいよ。ちょっとだけね。」
その言葉にタガが外れてしまった。あろうことか狼の姿でだ。すやすやと眠りについてから、身体を清め、部屋にあった毛布でくるんで連れ帰った。
自分のベッドに寝ているつがいの髪を撫で、抱き締め、また眺める。
もぞもぞとして、そっと瞼が持ち上がると綺麗な瞳と目が合う。
しまった。獣化するべきだったか…どうしようか思案していると、髭や顔をぺたぺたと触ってくる。他人が珍しいのか、警戒心を持たないほど心を許してくれているのか。満足したのか、頭を胸に落ち着けてもう一度眠りについた大切なつがいを抱き締めて自分も眠りについた。
「おい、クレイグ!いるんだろ!出てこいや!」
タカギの騒ぐ声を聞いてもぞりと身体を起こす。
上掛けを首までかけてやり、頬を撫でてから部屋を移動する。
「ふざけんな!連れてきたなら会わせろよ!」
「すまない…つがいを堪能していた。」
「ユーシ、しょうがないよ。つがいに出会えたんだもの。」
タカギが結界が消えて転移しようとするのをライオネルは必死に止めていたそうだ。タカギの腹はもう、かなりでかくなっている。
「だから、謝るなら会わせろって!寝てても顔をみるだけでいいから!寝室入れて!」
それは…俺はともかくライオネルは良いのか?
ライオネルを見れば、塞ぎ混み、部屋から出ないつがいが元気に叫んでいるのをみて、尊重したいのか苦渋の決断、といったところか。
寝室からこちらへ抱いて連れてくるかと思い当たったところで、寝室へ繋がっている扉が開く。
タカギの腹をみてかなり動揺したようだが、タカギに横から抱きついて、わんわんと涙を流すのを見て胸が締め付けられた。
頬を寄せ合って笑いあったり、泣いたり、髪を編んだり、知らない奴であれば怒りも湧くが、タカギ相手ではただ微笑ましい。それはライオネルも一緒なのか久しぶりのつがいの心からの笑顔を見守っている。
スミレの一言に、赤くなったタカギをライオネルが連れ出し、スミレと二人きりになる。お互いに質問を投げ掛け、スミレのことを知っていくのは嬉しい。
「好きなことなんてわからない。ぼくにはなにもない。」
そう話すスミレ。これまでの事を考えれば当然だが、一緒にスミレの好きな事を探して行きたい。残りの人生を共に歩んで欲しい。
「僕はクレイグのつがいなの?つがいって結婚して交尾するんでしょう?僕とクレイグも結婚して交尾するの?」
つがいだと告げれば受け入れられないと思っていたが、まさかここまで無知だとはおもわなかった。
交尾…タカギは動物の生体について教えたのか…
つがいだから、スミレに惹かれスミレを求めたと言われれば否定は出来ない。だが、俺は獣人であり、獣ではない。それだけでない感情をしっかりと理解して欲しい。
今はもう、触れれる程に近いところにいる。ゆっくりで良い。ゆっくりとだが遠慮なんてせずに、愛というものを伝えていくと心に決めた。
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