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第10話 迷惑なハイエナ女 レウニールside

 レウニールの家族と婚約者ペルフメの訃報(ふほう)が、社交界に知れ渡ったとたん… 自分はペルフメの親友だから、自分がレウニールを慰めるべきだと… セルビシオ伯爵家の令嬢アグハは適当な理由をつけて、(やしき)に押しかけて来るようになった。 「アグハ嬢… また、いらしたのですか?」  セルビシオ伯爵の妹は、兄と同じでハイエナのようにしつこい!   亡くなった私の婚約者ペルフメの親友だとアグハ嬢は言うが、そんな話はペルフメから一度も聞いたことが無いぞ?! この嘘つきが!  王族につかえる白騎士は、礼儀作法を騎士団で徹底的に仕込まれるため… 元白騎士のレウニールも例外ではなく、伯爵家の令嬢がペルフメの親友だと言うのなら、たとえ疑いを持っていても、紳士の礼儀上淑女を冷淡に追い払うことができずにいた。  アグハ嬢の兄セルビシオ伯爵はギャンブル狂で、(つね)に大きな借金を抱えていることは、社交界では有名な話である。    裕福なレウニールの妻になることがアグハ嬢の目的で… 家族と婚約者を失い、失意の中にいる今が(ねら)い時だと思っているのだ。 「もう、ひどいわ! レウニールったらぁ~」  唇を(とが)らせてアグハ嬢は、なれなれしくレウニールの腕をつかみ、グイグイと豊満(ほうまん)な胸を押しつけた。   不意にふわりとオメガの誘惑フェロモンを感じ… レウニールはあわてて、アグハ嬢の手を振りほどいて離れ、鼻と口をてのひらで押さえた。 「フェロモンが…!! アグハ嬢、あなたはオメガのフェロモンを抑制していないのですか?! なんて不作法で恥知らずなんだ!」  このハイエナ女!! 私を自分の誘惑フェロモンで、罠にかけようと、わざとやっているな?!  先に礼儀を無視したのはアグハ嬢であり、そうなるとレウニールも礼儀作法などにかまっていられず、思わず大声で怒鳴った。    魔法が組み込まれた抑制リングで、レウニールは自分がオメガに向けて放つ、アルファのフェロモンを押さえ、同時にオメガから放たれる誘惑フェロモンも防いでいた。  だが、鍛錬(たんれん)の時は邪魔にならないよう、レウニールは抑制リングを手首からはずしている。  そのことに気付いたアグハ嬢は、自分も抑制リングをはずして、わざとオメガの誘惑フェロモンを放ち… レウニールに自分の誘惑フェロモンを吸わせたのだ。    「まぁ… ひどい人ね、レウニール! 淑女に向かってそんな言い方をするなんて!」  抗議の言葉を口にしながら、アグハ嬢はどことなく嬉しそうにして、再びレウニールにすり寄ろうとする。 「私の邸から出て行け―――っ!!」  クソッ!! これ以上、オメガの誘惑フェロモンを吸い続ければ、私はこのハイエナ女の、思いどおりになってしまう!! この嘘つき女を抱くぐらいなら、死んだ方がましだ!! 「寄るな、ハイエナ女!」  手に持つ弟の剣の()っ先を、アグハ嬢に向け… レウニールは殺気を込めて威圧(いあつ)した。 「ひっ…!」  さすがのアグハ嬢も、アルファの強烈な威嚇(いかく)を受け、ピタリと動きを止めて、小さなさけび声をあげた。 「今すぐ私の前から消えろ! 二度と私の前に顔を出すな! 出せば私の伝手(つて)を使って、お前がたった今、恥知らずな方法で私を罠に掛けようとしたことを、社交界でぶちまけるからな!」 「そ… そんなことをしたら、あ… あなたも醜聞(しゅうぶん)にさらされるわよ?!」 「私は社交界に復帰するつもりは無いから、何も困らない!」  家族が生きていれば、困ったことになったかもしれないが… その家族もいないから、醜聞など怖くない!  剣の鋭い切っ先をアグハ嬢に向けたまま、レウニールはアルファの強力な圧をかけ、一歩、二歩と前進する。  強力なアルファの逆鱗(げきりん)に触れ、アグハ嬢はブルブルと震え、レウニールの剣に合わせて後ろに下がる。  ここまでされれば図太いアグハ嬢でも、さすがにレウニールは本気だと感じ取り、バタバタと行儀悪く足音をたてて、裏庭から逃げ出した。  ようやく一人に戻ったレウニールは、熱いため息をつき、荒々しく (ののし)った。 「ああ… 何てことだ! クソッ! もっと早く、あのハイエナ女を追い出せば良かった!」  アグハ嬢が放った、オメガの誘惑フェロモンで、アルファの本能が刺激され… レウニールの身体は婚約者ペルフメを失って以来、数年ぶりに抑制リングで押さえ続けて来た、発情の兆候(ちょうこう)が出てしまっていた。

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