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第24話 邪な夢

   今夜もレウニールは来ると、約束はしていなかったが… 娼館の酒場で客待ちの男娼たちと一緒に、アユダルはボンヤリと考えごとをしながら、レウニールを待っていた。 『私の下で見習い治療師になって働かないか?』  「・・・・・・」  プロプエスタ様に誘われて、すごく光栄だし、嬉しいのに… この話を受ければ、レウニール様とはもう会えないと思うと、泣きたくなる。  男娼の身分の僕からたずねるのは無礼な気がして、 レウニール様から正式な身分を聞いたことは無いけれど… 持ち物を見れば裕福な貴族だと、僕にもわかる。  レウニール様が手首にはめている、繊細な金の装飾がほどこされた抑制リングや、上等な生地で仕立てられた騎士服、それに小さな宝石で飾られた、家宝にしても良さそうな立派な剣。  どれを取っても逸品(いっぴん)ばかりで、貧乏でも下級貴族出身の僕は、その極上品を持つことが許されるのは、貴族の中でもごく限られた人たちだけだと知っている。  ……だから、僕は(よこしま)な夢を見てしまう。  “僕を娼館から買い取って、くれないだろうか?” そうなれば、僕はずっとレウニール様の側にいられるのに。  ……でもそれは、僕がレウニール様の愛人になることを意味する。  だけどレウニール様の家族は? 奥様… あるいは婚約者は? お子様は?  僕がレウニール様を大切に思う、家族の立場なら… とても、心穏やかにはしていられないだろう。    そんなレウニールへの思いが、アユダルの中でぐるぐると回り続け、プロプエスタの提案を素直に受け入れることを躊躇(ためら)わせた。  自分の邪な夢がかなうのではないかと期待して… プロプエスタに返事をする前に、アユダルは治療師見習いになることを、レウニールに相談することにしたのだ。  「優しくされたからって… バカなことばかり夢見て… 僕は男娼のくせに!」  頭の中だけでは、抱えられなくなり… アユダルは小さな声ではき出し、自分の汚さを嘲笑(あざわら)った。 「アユダル? なんか深刻そうな顔をしてどうしたのさ? もしかして治療師見習いになるのが不安なの?」  今夜から仕事に復帰するフルタが、隣から声をかけてきた。 「ああ… うん」 「あんなに、すごいことが出来たのに?! 僕がアユダルなら、人の命を救えるなんてすごいだろう?! …て自慢しながら娼館を出て行くけどね?」  猫のように背伸びをしながら、フルタはニコニコと笑った。 「そうかな…?」 「ふふっ… そうだよ!! アユダルは真面目で謙虚(けんきょ)なんだ?」 「そんなこと、無いよ…」  無邪気で明るいフルタの笑顔が、チクチクとアユダルの胸を刺した。

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