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第25話 伯爵と男娼
酒場のすみで客を待ちながら、アユダルとフルタがおしゃべりをしているうちに… 娼館の客がいっきに増えてテーブル席がうまり、賑 わいを見せていた。
「さてと… そろそろお仕事しようかな! 僕にはアユダルみたいに、毎日買ってくれるような、太客 はいないから、頑張って自分から売り込みに行かないとね!」
隣に立っていたフルタが、パチンッ…! と陽気にウインクをして、アユダルの肩をたたいてから、少し前に入って来たばかりの客のところへ行く。
「・・・・・・」
僕と違って、フルタは勇敢 で逞 しいなぁ…! 客に殺されそうになったのに、ケガが治ると、またすぐ仕事を続けるなんて… きっとぼくなら、ビクビクして怖気づいてしまうよ。
それでも、この場所で生き残りたければ、フルタのように強くないとダメなんだ! 僕のように客に恋して、うじうじ悩んでいる男娼なんて、どこにもいない。
「…でも本当は、フルタだって怖いはずだよね?」
最初に声をかけた客に断られても、めげずにニコニコと明るい笑顔を浮かべて、次の客に自分を売り込もうと、声をかけるフルタを… アユダルは目で追いかけた。
―――だが、マントのフードを頭まですっぽりと被った客に、フルタが声をかけた時…
その客がフードを下ろして顔を見せたとたん、ニコニコと笑っていたフルタの顔が凍りつき、あわてて逃げ出そうとする。
「あれ… フルタ?!」
どうしたんだろう… 何だかフルタの様子が変だ?!
客に手首をつかまれ、腰を引き寄せられると… フルタは怯 え、声を震わせながら懇願 した。
「ど… どうか、伯爵様! 今夜はお許しを! まだケガが治っていないので… 僕の醜 い身体を見たら、伯爵様はきっと… ご不快に思われるはずです!」
性器はアユダルが治療し、それ以外のケガはすべて治療師プロプエスタが小さな痣 まで、綺麗に治療したはずだが… フルタは客の気持ちを変えたくて、自分の身体に残る傷と痣が醜いと嘘をついた。
「いや、ダメだ! お前は先日、私をじゅうぶん楽しませずに、許しもなく勝手に気絶してしまったからな! あの時の分までしっかり私を楽しませろ!」
ニヤニヤと笑い、フルタをいたぶるように客は傲慢 な態度で命令する。
「伯爵様! 先日のお金はお返しします! ですから今夜はお許しください! どうかお許しください!!」
客から少しでも離れようと、フルタは両手で突っ張って抵抗するが… 腰に剣を下げている姿を見ると、どうやら客は騎士らしい。
体格的にも劣るオメガのフルタが、腕力でアルファの騎士に勝てるはずも無く、簡単に捩 じ伏 せられてしまう。
「フルタ…?!」
ただならぬ様子に、アユダルはフルタの所へ行こうとすると… ギュッ… と背後から肩をつかまれ、引き戻される。
「バカ、止めておけ!! お前もフルタみたいに、傷つけられたいのか?!」
昼間、アユダルを治療師プロプエスタの元へ、強引に連れて行った男娼2人組の片割れが、声をひそめて警告した。
「何だよ、それ? どういう意味だよ?!」
「だからあいつ… セルビシオ伯爵が、フルタを半殺しにした奴だよ! オレも前にやられたことがあるから、分かるんだ!」
「そんな… だったら、助けないと?!」
「どうやって?! 男娼が伯爵様を、どうやって止めるんだよ?! お前がフルタの代わりになって、半殺しにされに行くか?!」
「それは… だったら娼館の主人に言って止めてもらえば…!」
「娼館の主人も平民なのに? 伯爵に逆らえると本気で思っているのか?! お前も貴族出身なら、知っているだろ?! オレたちは黙ってやられて、耐えるしかないんだよ!」
伯爵と男娼ほど身分の差が大きければ、どちらの意見を尊重されるかは明白である。
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