25 / 43

第25話 伯爵と男娼

 酒場のすみで客を待ちながら、アユダルとフルタがおしゃべりをしているうちに… 娼館の客がいっきに増えてテーブル席がうまり、(にぎ)わいを見せていた。 「さてと… そろそろお仕事しようかな! 僕にはアユダルみたいに、毎日買ってくれるような、太客(ふときゃく)はいないから、頑張って自分から売り込みに行かないとね!」  隣に立っていたフルタが、パチンッ…! と陽気にウインクをして、アユダルの肩をたたいてから、少し前に入って来たばかりの客のところへ行く。 「・・・・・・」  僕と違って、フルタは勇敢(ゆうかん)(たくまし)しいなぁ…! 客に殺されそうになったのに、ケガが治ると、またすぐ仕事を続けるなんて… きっとぼくなら、ビクビクして怖気づいてしまうよ。    それでも、この場所で生き残りたければ、フルタのように強くないとダメなんだ! 僕のように客に恋して、うじうじ悩んでいる男娼なんて、どこにもいない。 「…でも本当は、フルタだって怖いはずだよね?」  最初に声をかけた客に断られても、めげずにニコニコと明るい笑顔を浮かべて、次の客に自分を売り込もうと、声をかけるフルタを… アユダルは目で追いかけた。  ―――だが、マントのフードを頭まですっぽりと被った客に、フルタが声をかけた時…   その客がフードを下ろして顔を見せたとたん、ニコニコと笑っていたフルタの顔が凍りつき、あわてて逃げ出そうとする。 「あれ… フルタ?!」  どうしたんだろう… 何だかフルタの様子が変だ?!  客に手首をつかまれ、腰を引き寄せられると… フルタは(おび)え、声を震わせながら懇願(こんがん)した。 「ど… どうか、伯爵様! 今夜はお許しを! まだケガが治っていないので… 僕の(みにく)い身体を見たら、伯爵様はきっと… ご不快に思われるはずです!」  性器はアユダルが治療し、それ以外のケガはすべて治療師プロプエスタが小さな(あざ)まで、綺麗に治療したはずだが… フルタは客の気持ちを変えたくて、自分の身体に残る傷と痣が醜いと嘘をついた。 「いや、ダメだ! お前は先日、私をじゅうぶん楽しませずに、許しもなく勝手に気絶してしまったからな! あの時の分までしっかり私を楽しませろ!」  ニヤニヤと笑い、フルタをいたぶるように客は傲慢(ごうまん)な態度で命令する。 「伯爵様! 先日のお金はお返しします! ですから今夜はお許しください! どうかお許しください!!」  客から少しでも離れようと、フルタは両手で突っ張って抵抗するが… 腰に剣を下げている姿を見ると、どうやら客は騎士らしい。  体格的にも劣るオメガのフルタが、腕力でアルファの騎士に勝てるはずも無く、簡単に()()せられてしまう。 「フルタ…?!」  ただならぬ様子に、アユダルはフルタの所へ行こうとすると… ギュッ… と背後から肩をつかまれ、引き戻される。 「バカ、止めておけ!! お前もフルタみたいに、傷つけられたいのか?!」  昼間、アユダルを治療師プロプエスタの元へ、強引に連れて行った男娼2人組の片割れが、声をひそめて警告した。 「何だよ、それ? どういう意味だよ?!」   「だからあいつ… セルビシオ伯爵が、フルタを半殺しにした奴だよ! オレも前にやられたことがあるから、分かるんだ!」 「そんな… だったら、助けないと?!」 「どうやって?! 男娼が伯爵様を、どうやって止めるんだよ?! お前がフルタの代わりになって、半殺しにされに行くか?!」 「それは… だったら娼館の主人に言って止めてもらえば…!」 「娼館の主人も平民なのに? 伯爵に逆らえると本気で思っているのか?! お前も貴族出身なら、知っているだろ?! オレたちは黙ってやられて、耐えるしかないんだよ!」    伯爵と男娼ほど身分の差が大きければ、どちらの意見を尊重されるかは明白である。

ともだちにシェアしよう!