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第38話 見習い治療師アユダル

 深夜を過ぎてもなお、煌々(こうこう)と明かりが灯された、娼館らしい派手な外観の建物の、入ってすぐの玄関ロビーを進むと、客たちが娼婦と飲食を楽しめる酒場がある。  どこの娼館も造りはほとんど同じで、アユダルが以前いた男娼専門の娼館と同じく、1階の酒場で客は娼婦を選び、決まったら2階に並ぶ個室へと移動する。   プロプエスタの治療室は、そんな娼館の裏口に近い窓の無い物置に、簡易ベッドと、椅子、小さな机を置き… 患者と治療師プロプエスタ、見習い治療師アユダルの、3,4人がやっと入れるほどの小さな部屋だった。  窓の無い部屋は換気のために、扉はいつも開けっぱなしで、治療を待つ患者は治療室の外で待つ決まりだ。  この夜も… 治療師プロプエスタは、2人の騎士を廊下で待たせ…   最初の1人目に取りかかる。 「おやおや! 今度も派手にやられたね!」  簡易ベッドに横たわる騎士の、肩と腹の傷からにじみ出た血で真っ赤に染まった包帯を、椅子に座った治療師プロプエスタがほどき、患部を()る。 「ううう… 参ったよ…! 最近はとにかく魔獣の数が多くて、今日は本当に危なかった」  治癒魔法ですぐに治療しなければ、明日の朝には天に()されるほどの深い傷だと、一目でわかる。 「う~ん… 確かに、最近は平民や娼婦よりも、あんたたち騎士の患者がよく来るけど… そんなに魔獣が増えているのかい?」 「ああ、オレたち黒騎士だけでは足りなくて、青騎士と白騎士まで引っ張って来て、手伝わせてる状態さ」  話をしながら騎士の傷をじっくり観察すると… プロプエスタは椅子から立ち上がる。 「アユダル、そろそろあんたも魔獣にやられた傷を診る、経験を積まないとね!」 「は… はい!」  治療が終った後、騎士に渡す鎮痛効果のあるお茶を、紙に包んでいたアユダルは… お茶の包みをベッドのはしに置いて、プロプエスタが座っていた椅子に、腰をおろす。 「ほら、見てごらんアユダル! 魔獣にやられた傷は、時間が経つと組織が崩れるんだよ…」 「本当だ… 火傷よりも、ひどいですね…?!」 「瘴気(しょうき)(けが)れが入るからなんだ…! だけど神官の浄化魔法で穢れは浄化されているから、あとは土だとか… 魔獣の体液だとか… そういう異物を取り除きながら、治癒魔法で再生させる! そのやり方は頭に入っているね、アユダル?」 「はい、プロプエスタ様!」 「なら、(あせ)らず、(あわ)てず、丁寧に…! さぁ、やってごらん、アユダル!」 「はい!」  見習い治療師が自分の治療をすると知り、患者の黒騎士は文句は言わないが、不安そうな顔をしているのにアユダルは気づく。  眉間にしわを寄せ、険しい顔をしていたアユダルは、騎士にニコリと笑って見せた。 「大丈夫ですよ、騎士様! 僕はこの傷よりも、もっと大きくて深い傷を治療したことがありますからね!」  そうだった! 患者の前で僕が不安そうな顔をしてはダメなんだ! 「うちのアユダルは、あんたのいる黒騎士団の専属治療師よりも、腕は良いと保証するよ! だから安心して任せなよ」  プロプエスタは騎士に向かってニヤリと笑い、アユダルの細い肩をパンッ… とたたいた。  黒騎士団の専属治療師は、自分よりも低い身分の騎士たちに対して、雑で半端(はんぱ)な治療をするため… 上位貴族出身の騎士以外に嫌われていた。  そのため自腹で治療費を払ってでも、プロプエスタの完璧な治療を受けに来る騎士が多いのだ。 「はい、治療師様… お… お願いします!」  ベッドに横たわる騎士は、まぶたを閉じた。 出血が多く騎士の顔色が悪い。 「お任せ下さい!」  アユダルはニコニコと微笑み、一番深く、血が止まらない傷に手を当て、治癒魔法を発動させる。

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