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第40話 変化と成長

 治療室を飛びだし娼館の裏口から路地裏へ出たところで、アユダルは追いかけて来たレウニールに腕を捕まれ、抱き締められてしまう。 「放して! 放して下さい、公爵様!!」 「嫌だ!」 「放して下さい!!」  アユダルは暴れて抵抗し、レウニールの分厚い胸を押し退けようと、グッ… と力いっぱい両手で突っ張った。 「ううっ… くぅっ…!」 「はっ…!」  いけない! この人は治療前のケガ人だった! 傷が開いてしまう!  レウニールがあげたうめき声を聞き、あわててアユダルは胸に突っ張っていた手を引くと…  ギュウッ… と長い腕の中に抱き込まれた。   「アユダル、頼むから誤解しないでほしい! これでは、いくら私でも我慢できない!」 「誤解とは何ですか?! 僕はもう、男娼ではありません! だから抱き締めるのは止めて、放して下さい!! 放して!!」  何なんだよ! やっと忘れかけて、平穏に暮らせるようになったのに… 何で、今さら僕を追いかけるんだよ?! さっきだって、僕を知らないふりをして、無視しようとしたくせに! 「だめだ! 男娼なら金を渡せば側にいてくれるが、今のお前は違うから放せない!」 「何ですって?! いったい、どういう理屈ですか?! 本当に高貴な身分の方の考えは、僕には分かりません!!」 「だから、それを今から説明しようとしているんだ! お前が逃げないと誓うなら放しても良い… アユダル、逃げるな!」 「逃げるも、何も… 先に僕の前から逃げるように去ったのはあなたの方でしょう?! 男娼の僕の奉仕が必要なくなったから… 単に客のあなたは、僕を買わなくなっただけでしょうけれどね!」 「違うんだアユダル… そんな簡単なことではないんだ!」 「だからって……」  グイグイと強い力で広い胸に抱き締められ、前を開いたマントと騎士服の下の包帯がアユダルの頬にこすれ、レウニールの血の匂いが強くなる。  血の匂いが気になり、恐る恐るレウニールの肩に触れると、べたりと手が血で濡れ… アユダルは罪悪感で胸が痛み、治療師としてこれ以上ケガ人を放置してはいられないと、譲歩することにした。  ハァ―――ッ… とアユダルは大きなため息をつく。 「わかりました… 先に治療室へ戻って下さい公爵様、話はその後で…」 「お前が治療してくれるなら、戻っても良い!」 「なぜですか? さっきは僕の治療を受けるのを嫌がったくせに! プロプエスタ様の治療を受けて下さい!」 「それだと、私が治療を受けている間に、お前は私から逃げ出す気だろう?!」 「・・・・・・」  もう、何でわかっちゃうの?!  レウニールの言う通り、逃げようとしていたアユダルは、ムッ… と黙りこむ。 「どこか、落ち着いて話せる場所は無いか?」 「娼館の2階に… 治療後の患者さんを仮眠させる部屋があります」 「なら、そこへ行こう!」  レウニールは身体が密着するように、アユダルの腰をグイィィ―――ッ… と抱き、2人一緒にくるりと反転する。 「公爵様、逃げないから… 僕の腰を抱くのは止めて下さい!」 「嫌だね!」 「もう、あなたケガ人でしょう?! もっと自分の身体を労わるべきです!」 「私の身体はお前にくっつけて、嬉しいと言っているから、仕方がない!」 「僕… 僕は男娼ではないので、あなたに抱かれたりしませんからね?!」  赤い顔でアユダルが抗議すると… 「ふふふっ… そこまで私は楽天家ではないさ!」 「もう! さっさと2階へ行って、治療を済ませましょう!」  普段のアユダルからは考えられないほど、チクチクと嫌味を言ったが… なぜかレウニールは、ニヤニヤとご機嫌である。 「・・・・・・」  この人って… こんな人だったけ?! しばらく会わないうちに、印象がすごく変わったなぁ?  レウニールの変化に首を(ひね)るアユダル自身も、以前に比べて… ずぶとくシビアに成長したと、本人にだけ自覚が無かった。

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