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第2話

   ただしイチモツは、こすり足りないぞと主張するかのごとく、しきりに(くう)を搔くのだが。現に小池はムスコをひと撫でしてなだめると、世良を拝んだ。 「頼む、余命いくばくもない(もちろん同情をひくためのデマカセだ)俺の今生(こんじょう)の思い出に、できれば十突き、妥協して九突き追加……」 「できません、すみません。〝チンコでハンコ〟はお荷物一個につき、ひと突き厳守っす」  と、ぴしゃりと()ねつけておいて、裏技を伝授するふうに言い添えた。 「ちなみに十個口の場合は豪華特典が。なーんと! プラスひと突きのおまけがつくんです、すごいでしょ」 「ぼろい商売だな、J〇ROに訴えてやる」 「では、またのご利用お待ちしてまあす」  キャップのつばを押しあげながら一礼すると、きびきびと配送車に戻った。数をこなしてナンボの宅配ドライバーは先を急ぐのだ。    二十一世紀なかば。賃金格差が広がるや何やらで我慢を強いられてきた結果、国民のほとんどがキレた。即ち、やけくそムードが列島に蔓延(まんえん)するにつれて、楽しんだ者勝ちという風潮が広がっていったのだ。政府の対応を要約すると、ざっとこんな感じだ。  国民のガス抜きを図るんやったら飴と鞭のうちの、飴の数を増やせば、ええん、ちゃう? 賛成、賛成、異議なし──。  かくして、キクアナ運輸は先鞭(せんべん)をつける形で大胆な改革案を打ち出した。同業各社を頭ひとつリードするとともに、配達員のモチベーションの向上につながると、いいことずくめのサービスを導入したのだ。  同社の全配達員の中でも、えりすぐりの精鋭たちが提供するサービスこそが、題して〝チンコでハンコ〟。  前述したとおり受領証の〝印〟の欄に見立てた菊座を活用するものだが、アナルセックスとは一線を画する。なお、その具体的なシステムについては、おいおい詳述する。  宅配業界を管轄する国土交通省が黙認する姿勢を貫くもとで、また、いけいけドンドンの精神で同サービスが始まった当初は、自称・良識派からの抗議が殺到したものの、世論はキクアナ運輸に味方した。  現在(いま)では、  ──(前略)今日の米にも事欠いて鴨居にロープを結わえつけているところに〝チンコでハンコ〟が当たったとの知らせが。おかげで生きる気力もりもり、精鋭部隊は命の恩人です、ありがとう!  ──菊座にずっぽし以来、慢性の偏頭痛が治った。ビバ〝チンコでハンコ〟!  などの体験談をSNSに投稿すれば確実にバズり、幸運にあやかろうとする〝いいね〟は七桁に達するのもザラだ。  さて、このへんで世良に再登場願おう。精鋭部隊のエース、と謳われるとおり〝チンコでハンコ〟を交えつつ、午前中いっぱい担当地域を駆けずり回った。午後の配達リストを確認すると、コンビニおにぎりの味が、三つ星店のそれへとグレードアップするようだ。推し客こと、難攻不落のイケズさん宅も、お届け先に含まれている。

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