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第3話

「よっしゃー、今日こそゲットするぞ」  うきうき、ランランと配送車を出す。  (くだん)の御方は、その名も麗しい若草春樹(わかくさはるき)さん。おそらく三十歳代前半で、知的な風貌に銀縁眼鏡が似合う。リモートワーク主体の会社員なのか、在宅率がほぼ百パーセントと、お地蔵さまのようにありがたい存在だ。  エンジン音も軽やかに、裏通りに面して建つレジデンス・デージーホールに到着した。宅配ボックスが設置されているどころか、未だにオートロックですらない、という前世紀の遺物そのもののマンションだ。  エレベーターを呼ぶ暇を惜しんで階段を駆けあがる。下心を笑顔でカムフラージュして、四〇六号室のチャイムを押した。 「こんにちはー、キクアナ運輸です」  住人にしてみれば電話中だったりするわけだから、扉の前で少々待たされるのは織り込みずみ。その間にチンコケースに意識を集中して、点検をすませておくのが精鋭部隊のたしなみだ。  収縮具合よーし、内壁との一体感よーし。〝チンコでハンコ〟の体勢に持ち込んじゃえばスムース・インといくこと間違いなし──希望的観測にすぎないのは別として。 「ごめん、ちょっと向こうの世界に行ってた」  焦れに焦れて、もう一度チャイムを鳴らそうとした瞬間、若草がお出ましあそばした。たちまち武者震いがして、頭の中で進軍ラッパが鳴り渡る。ついでに手ぐすねを引いて待ち受けるように、チンコケースがうねりはじめた。  世良は、すかさず爪先を戸枠と扉の間にねじ込んだ。ストッパーをかました形で、門番のように立ちはだかる若草がちょこっと脇に退()いてくれさえすれば、あとは突撃あるのみ。それとなくベルトをゆるめてスラックスを脱ぎ落とす準備を整え、いざ……!  若草が大きく伸びをした。 「う~ん、いい天気だ。体内に溜まったエロ毒素が清められていくよ」  エロ、と鸚鵡返(おうむがえ)しに且つ、きょとんと呟いたあとで、にこやかに応じた。 「ですね。窓全開で運転してると爽快っすよ」  配達員と客の垣根を超えた会話が成立するのが、うれしい。クレーマー系の客にもちょいちょい遭遇する日々のなかで、若草は貴重な癒やしキャラだ。しかし結界を張るようにドア口でがんばったっきりでいられては、次の段階へと進めない。、今回も〝チンコでハンコ〟は不発に終わるのだろうか?  山は高ければ高いほど征服しがいがある。世良は自分にそう言い聞かせると、ボールを受け取ったラグビー選手がトライを決めにいくように段ボール箱を抱えなおした。可及的速やかにをえぐり込んでもらって、今度こそ配送センターに凱旋するのだ。  扉の内と外に分かれて向かい合ったまま、数十秒が経過した。世良は首をかしげた。チンチンカモカモと念を送りつづけているというのに、若草の様子にまったく変化が見られないのは、どういうわけだ?   さっさとボトムをくつろげて、イチモツを摑み出して、玉門にグヌヌとしてきやがれ。

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