4 / 87

第4話

 ところが若草はむしゃぶりついてくるどころか、かけ具合がしっくりこないと言いたげに眼鏡を押しあげるのみ。そのうえ、 「いつも、ご苦労さま」  せっつくように三文判のキャップを外す。  ハンコ違いだ、と世良は心の中でわめいて、段ボール箱をいっそう抱え込んだ。 「意地悪しないで荷物を渡してほしいな」 「やっ、べつに意地悪してるとかじゃなくてですね、複雑な事情が……」  力比べをするように段ボール箱を引っ張られては引き戻すにつれて、レンズの奥の双眸が苛立たしげに細められていった。一転して見開くと、視線が開放廊下の外へ流れる。 「見てごらん。黒猫が操縦する気球が、きみの後ろを横切った!」 「マジっすか!?」  つられて(こうべ)を巡らす。一瞬の隙をついて押しやられ、ふらふらと後ずさったとたん段ボール箱を奪い取られた。すかさずバタンと扉が閉まる。その残像が消え残るなか、朱肉の色も鮮やかな受領証が、ひらひらと舞うばかり。  世良が鷹で、若草がプレーリードッグだとしたら。草原めがけて急降下しているさまを察知されて、巣穴に逃げ込まれたあげく、すきっ腹を抱えて飛び去る場面だ。  事程左様(ことほどさよう)に若草には軽くあしらわれっぱなしで、またもや連敗記録を更新した。すごすごと配送車に引きあげて、今のひと幕を振り返ってみる。  あの場での正解は基本に忠実な据え膳アピールだった、と断言できる。筋金入りのカタブツでさえ劣情をもよおす技が事、若草に限って通用しないということは、受信機に不具合が生じたように、こちらの意図が正しく伝わらなかったということだ。  でなければサービスを受ける権利を得るのは一日五名さま限定、と垂涎の的の〝チンコでハンコ〟を(はな)から拒否るはずがない。  それから数時間後、オレンジ色に染まった空の(もと)、配送車を走らせているうちに閃いた。  ムスコが極端に小さい、または大きい。はたまた完璧にすっぽりの皮かぶり。もしかするとシモ方面のコンプレックスを抱いているのでは。清潔感にあふれた、あの男性(ひと)は。  世良をがっかりさせるのは忍びない──といった理由で局部を開帳するのをためらうのだとしたら、なんて奥ゆかしい。  だが、心配ご無用。チンコケースは伸縮自在で、たとえヤングコーンと見まがう、ちびっちゃいイチモツであろうがぴたりと包み込む優れもの。  食わず嫌いは人生の半分を損しているのだから、いいかげん出し惜しみするのはやめて、レッツ〝チンコでハンコ〟! 「ドンマイ、世良愛一郎、めげないぞお!」  急な上り坂に差しかかり、がくんとスピードが落ちた。世良はアクセルを踏み込むとともに、自分に活を入れた。ペケ印がいくつ並ぼうが、心はまだ折れていない。そう、ちょっぴりが入ったにすぎないのだ。

ともだちにシェアしよう!