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第6話

 と、若草が荷室の右後ろを傘の先端でつついた。この配送車のドライバーは誰々、とネームプレートが貼られている箇所だ。 「キクアナ運輸の世良愛一郎くん」  反射的に気をつけをするあたり、根っからの体育会系というか素直というか。 「代車がやって来るまで、しばらくかかるんだろう。提案なんだけどね、捨て犬感を漂わせて道ばたに突っ立ってるくらいなら、ヒーターを点けてトラックの中で待っているほうが建設的だと思わないかい?」 「捨て犬感はさておいて。弊社はCO2削減の観点からアイドリングストップを徹底しています。またドライバーが配達そっちのけでサボっていると誤解を招く行動をとると、本社にクレームがいきかねません」    若草は髭が薄い体質とみえて、剃り跡は地肌にまぎれる。その、つるりとした頬が()いだようにへこんだ。内側の肉を嚙んで噴き出すのを堪えたのを裏切り、喉がひゅっと鳴る。傘を傾けて顔を隠したのも束の間、今度は肩がひくひくしはじめた。 「ごめん、ごめん。チャラ男の優等生発言がツボにはまって」  朗らかな笑い声が鉛色の空にこだましている間中、世良はきょとんとしっぱなしだった。若草は若草でも一卵性双生児の片割れのほうかしらん、と思うほどに。  と、いうのも若草宅には週四のペースで配達に伺う間柄なのだが、たいがい「ん、あ、そ」の三語ですませる彼のことは正直、苦手の部類に入っていたのだ。意外な一面に接して驚いたのはもちろん、かけうどんに天婦羅がおまけでついてきたような得をした気分も味わう。  若草春樹に関する個人情報で既知のそれ、といえば。住所および電話番号、と受領証に記載されている範囲に留まる。あとは日用品はネット通販でまとめ買いする主義らしいことや、どかんと書籍を購入する(ふし)があることくらいだろうか。  極端な話、私生活を覗き見する立場にあるといっても所詮、ただの客。だが、これまでの印象ががらりと変わるほどの発見があると、針金でできた棒人形に粘土で肉付けがほどこされていくようだ。  そういえば野郎が相合傘ってのはどうよ、というシチュエーションなのだった。世良は照れ隠しに、 「チャラ男説の根拠は、これっすか」  濡れそぼった金髪をひと房、三つ編みに結ってぶらつかせた。 「美容師見習いの弟の趣味でキンキラキンに染められたけど、おれはチョーまじめっす」  無遅刻、無欠勤、愛社精神の塊で勤務評定は特AのA。〝チンコでハンコ〟の精鋭部隊の中でも、ずば抜けて優秀な四天王のひとりに数えられるほどだ。 「きみが荷物を抱えて走っているところを、ちょくちょく見かけるよ。きびきびと元気一杯で、とりわけ徹夜明けのときは鬱陶しいまでに眩しい」  一転して真顔で応じると、フレームの端から小指を()し入れて目尻をこすった。

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