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第7話
その仕種は、笑いすぎてにじんだ涙をぬぐっただけのはず。なぜだか無性にどぎまぎするのは、きっとあの現象のせいだ。札付きのヤンキーが電車の中でお年寄りに席を譲るところに居合わせてほっこりする、いわゆるギャップ萌えというやつ。
世良はそう結論づけると、キャップをかぶり直した。若草に対する苦手意識は薄れた。アクシデントに見舞われたのが幸いする形になったわけで、収穫、大だ。
「いろいろ、あざっした。風邪ひくとヤバいんで、お帰りあそばしてください」
「なんて気づかっておきながら本当に置いていかれたら、淋しいよクスン、クスンだったりして」
「勝手に泣き虫認定しないでください。おれの涙腺が決壊するのは、むこうずねを本気でぶつけたときだけです」
言下に、スリッポンの爪先でむこうずねを軽くつつかれた。
「ちょっ! いきなり、なんの真似ですか」
「科学的な好奇心。涙腺の限界値を測定してみたい衝動に駆られた」
「って、傘をたたんで素振りって、おっかない予感しかしないんですけど」
バレたか、と言いたげに若草は舌をぺろりと出した。おどけてみせるのに反して、レンズの奥の目は真剣そのものだ。
本当にバットスウィングで、むこうずねをぶっ叩いてみる気でいたとしたら……。
世良は影踏み遊びの鬼から逃げるように配送車の前方へと走った。くすくす笑いが追いかけてきて、からかわれたのだと気づく。若草は案外、お茶目な性格のようだ。
そうこうしているうちにパッと花が咲いたように派手やかな、ツートンカラーの配送車が通りの向こうから現れた。バトンタッチを言いつかったドライバーが短くクラクションを鳴らし、
「レスキュー要員が到着したね、じゃあ」
若草はクラゲのようにゆらゆらと、いずこともなく立ち去った。
世良はサイドミラーを摑んで自分を押しとどめた。でないとカイロならびにタオルのお礼と称して、まだ見ぬイチモツさまをこの場で玉門にご招待申しあげたい、という誘惑に負けそうだったから──、
──以上、回想終わり。梅が咲いて散って、桜が咲いて散って、ツツジが花盛りの現在 、世良はハンドルを握って東へ西への道すがら、誓いを新たにする。
あの日、寒空のもとで付き合ってくれた恩に報いるためにも、何がなんでも〝チンコでハンコ〟できゅきゅきゅのきゅうとおもてなしをしなければ男がすたる。同サービスの素晴らしさについて『街の声』を総合すると、こんな感じなのだし。。
──沼り度は、ほぼほぼ麻薬。ビバ〝チンコでハンコ〟ブラボー〝チンコでハンコ〟!
などと独りよがりな使命感に燃えるあまり、ありがた迷惑な話かもしれない、という発想はない。そもそも一旦その味にハマった弁当を来る日も来る日も食べても、げんなりするどころか、また買いに走るタイプなのだ。
幾度となく撃沈の目に遭おうが、粘り強くアピールしつづけていれば、ものは試しと(正しくは根負けして)、ご子息を拝ませてくれるに違いない。
「おれのモットーはネバー・ギブアップ!」
せせら笑うようにカラスが高らかに鳴いて、配送車の屋根に爆弾を落としていった。
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