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第9話
「では皆さん、本日も安全運転、安全ハンコを合言葉にがんばっていきましょう」
センター長が左手の親指と人差し指で輪を作り、そこに右手の人差し指を突き通した。ずこずこばっこんと出し入れして、訓示を締めくくった。
正社員もアルバイトも倉庫へ、駐車場へと散っていく。
世良は立体パズルを組み立てる要領で荷物を配送車に積み込んでいる間中、ニマニマしどおしだった。とりどりの段ボール箱がみっしり詰まっている中で唯一、金塊のように輝いて見えるのは若草宛のそれだ。順調に配達をこなしていくと、レジデンス・デイジーホールに到着するのは午後二時前後。昼下がりの〝チンコでハンコ〟は淫靡な響きを宿し、テンションがあがる。
「そうだ、同じフロアの吉田さんちにも、だ」
運転席にスタンバって端末をいじりながら、ことさら鹿爪らしく独りごちた。同一の建物に複数のお届け物がある場合は、順番に注意しなければ。このケースでは吉田さんちへの配達が先、が鉄則。なぜなら若草のハンコにありつくにあたっては、心にも時間にもゆとりが必要なのだ。
荷物を満載した配送車が列をなして出発するさまは壮観だ。世良もアクセルを踏み込むと、ポプラの葉叢 が彩りを添える通りをまずは北へ向かった。選に漏れた客の中には、ごね得を狙う輩 が混じっているわけで、
──老いぼれを憐れんでくださらんかのう。冥途の土産に〝チンコでハンコ〟おおおおおおおおお!
某団地では推定九十歳のじいさまが腰をカクカクさせながらしがみついてきたり、
──〝チンコでハンコ〟には司法試験合格のご利益があるって法科大学院の先輩から聞いた。頼む、俺にもご利益をおおおおおおおおおおお!
とあるアパートでは六法全書の柄のタトゥーを入れた男性が、がばっと土下座してみせたり。
うっかりほだされたばかりに、泣き落としが通用する、とツイートされでもした日には一大事だ。公平無私という前提が崩れ、キクアナ運輸の信用問題に発展し、ひいては株価が暴落する。業績が悪化するイコール、リストラされかねない。
ゆえに世良は前者に対しては、
「冥土の土産はまだまだっしょ、世界最高齢でギネスに載らなくっちゃ」
出血大サービスのほっぺに『チュッ』で元気を分けてあげて、後者に対しては、
「合格祈願ならびに合格の前祝いっす」
三三七拍子で激励するとともに、大急ぎでこしらえた金メダル(紙製)を首にかけてあげた。
ひと筆書きよろしく、配達先から配達先へと効率よく回ること数時間。だんだん荷室が空 きはじめたころ、もしも配送車にスキップができるならやっていただろう雰囲気を漂わせて、路肩に停まった。
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