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第10話

「わっ、かくささん、若草さん。あなたのキクアナ運輸が、いざ参上!」  チンコケースの収まり具合も完璧で幸先がいい。電子レンジ大の段ボール箱と、ひと回り小さなそれを重ねて抱えると、軽やかな身のこなしでエレベータに突進した。  黒猫が矢印ボタンの真下に香箱座りになって番兵さながらシャーシャー唸って威嚇してきたが、心は早、四〇六号室に飛んでいる。  さっと跨いでケージに乗り込んだ。数あるTバックコレクションの中から、えりすぐりの勝負ものを穿いてきた。桃尻が映える銀ラメ入りでメッシュ素材のそれに、並々ならぬ意気込みが現れている。  今日もそうだが、若草は並外れて強運の持ち主で〝チンコでハンコ〟に当選すること、かれこれ十八回。にもかかわらず毎回、もったいないオバケが激怒しかねないほど巧みに、はぐらかしてくださる。  それはそれは、もう! 若草という処女峰に挑むことじたい神をも恐れぬ所業であるかのように。  世良は、きりりとキャップをかぶりなおした。梅にウグイス、紅葉(もみじ)に鹿、玉門に。宝の持ち腐れを断じて許すまじ。  四〇三号室の吉田さんへの配達をすませた瞬間、号砲が轟いた気がした。開放廊下をひとっ跳びに四〇六号室に移動する。気合を入れてチャイムを押した……が、ピンポーンとくぐもるばかりだ。  単身者向けの、このマンションは全戸1LDK。上がり框は短い廊下へとつづき、それに面して左手にはトイレと浴室のドアが並ぶ。向かって右手には洋間のもの。突き当たりのガラス戸の向こうはリビングルームと、こぢんまりとした造りだ。  即ち、玄関から一番遠いベランダでさえ、ほんの十数歩の距離。しかし待てど暮らせど、応対に出てくる気配がまったくない。  ヘッドホンをして仕事に没頭しているなどの理由で、チャイムの音が聞こえなかったのだろうか。オンライン会議中だから、ということもありうる。  それとも湯船につかってビバノンノンの最中ゆえ居留守を使ったのだとしたら──スッポンポンで荷物を受け取りにきてくれてもかまわないどころか、むしろ大歓迎なのだが。  扉に耳を押し当てて神経を研ぎ澄ませても、やはり内部(なか)は静まり返っている。未練がましく、もう一度チャイムを鳴らしても結果は同じで、どうやら本当に出かけているらしい。 「……ん、だよ。再配達の防止に時間指定や置き配に協力してくれって業界全体で頼んでるじゃんか。ドライバーをこき使うな」  などと毒づくわりに表情(かお)が曇る。今日こそ宿願を果たしてみせる、と意気込んでいたぶんも無駄足を食らったダメージは大きい。  しゅるしゅるぽん、とチンコケースが抜け落ちてしまいそう。そのうえ銀ラメが災いして、勝負Tバックがデリケートゾーンにちくちくする。  水分補給が勝負の鍵を握るマラソン選手さながら、疲れがたまりはじめる時間帯に栄養を摂取する意味でも若草に荷物を手渡して、 「いつも、ありがとう。ご苦労さま」  慈愛の成分五割増しの微笑で、ねぎらってほしかった……。

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