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第13話

 世良にとって読書とは感想文、即ち夏休みの宿題とワンセットの苦行以外の何ものでもない。綿埃が舞い、クシャミが出ることでもあるし深く考えるのはやめた。  それにしても、と思う。ロイヤルコペンハーゲンあたりの茶器で優雅にティータイムを楽しむ、という若草のイメージを裏切る散らかりようだ。古本屋臭とでもいうようなものが鼻孔をくすぐるこの部屋は、むしろアタリメを(さかな)に茶碗酒の世界だ。  若草はふらつきながらも慣れた足どりで本の山脈を跨ぎ、袖机に到達した。人間工学に基づいてな椅子にすとんと腰を下ろすと、スウェットシャツの裾で眼鏡のレンズを磨く。 「ズボラが高じたがゆえのカオスに見えるだろう。これでも僕なりの分類法に従った秩序ある空間なんだ」 「秩序……まっ、人それぞれっすよね」  本ならぬ、骨格標本が林立していたとしても些末なこと。それより、あちこち漁っても〝食材を捜すため〟という大義名分が立つ状況を利用して、生活ぶりの一端を覗き見しちゃえ。  真っ先に見てみた冷蔵庫には消費期限切れのカニカマが転がっているきりで、肉派か魚派かの判断材料にとぼしい。シンクの下の収納スペースや吊り戸棚を調べても、カップ麺はおろか米粒ひとつ落ちていないとくる。 「ない、ないないない……あったー!」  宝さがしの気分だ。本の山に瞳を凝らしたすえ、半月ほど前に配達した憶えがある産直の雑炊セットを『新旧較べ』ならびに『椿説性辞典』の間から発掘した。天然フグの風味をご家庭で、が謳い文句のそれを器に移してレンジで温める。  食事のお世話をするなど職務を逸脱した行為ではあるのだが、海老で鯛を釣るという、あれだ。体調の善し悪しはイチモツの硬度に影響をおよぼし、腹ごしらえをすませたうえで本番を迎えたほうが〝チンコでハンコ〟の質が高まる。  そう、待望久しいチンコケースにぶすり! を叶えるべく最善を尽くす。 「お待たせえ、冷めないうちに召しあがれ」  新妻風のトーンで呼びかけた。押せ押せ且つ、甲斐甲斐しくふるまって布石を打つ。世良くんの頼みじゃ断りにくい、という心理的な下地を作っておけば、のちほど快くパンツをずり下ろしてくれるに違いない。  ところが袖机の傍らに立ち尽くす羽目に陥った。  若草はノートパソコンに向かい、機銃掃射さながらの勢いでキーボードを叩いている。それは別に、驚くに値しない。勤勉なのは日本人の美徳といえる。  伏せ字のオンパレードと呼ぶにふさわしい文章が、しなやかな指先から次々と生み出されているのでなければ。

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