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第14話

「なっ、なんつー、お下劣なものをお書きあそばしているのですか!」  (うつわ)を咄嗟に天板の上に置いたのが功を奏し、大惨事は免れた。でなければモニターが雑炊まみれになっていただろう。  世良は両手で顔を覆うと、床一面ガラス張りの展望台から街並を見下ろす思いで、指と指のあいだ越しにモニターに視線を走らせた。  若草は自分の世界に入り込んでいたとおぼしい。湯気で眼鏡のレンズが曇り、ふくよかな香りが空っぽの胃袋を刺激すると現実にピントが合った様子で、やっと返事をよこした。 「僕は官能小説家の端くれなんだ。締め切りが重なって、飲まず食わずで原稿と格闘するのは自己責任のうちだけど、きみを巻き添えにするのは社会人失格だよね。甘えついでに、ざっと読んで感想を聞かせてくれないかな。評価の基準はもちろん、ヌケるかどうか」  ヌケる、と鸚鵡返(おうむがえ)しに呟きながら後ずさる。もっとも本の山脈に退路を断たれたばかりか、かえってモニターが真正面に位置する形になったが。 「厚かましいよね、顰蹙を買ったよね。引き留めて申し訳なかった」  やつれた顔に弱々しい笑みが浮かぶと甘酸っぱいもので胸が満たされるわ、むずかるようにチンコケースが収縮するわ、大騒ぎだ。ただでさえ当初の予定が狂いっぱなしの状況に、もだもだしどおし。それでも世良は咳払いひとつ、 「おれ、文学的素養はゼロっすよ。猫の意見よりマシってことで、拝見いたします」  雑炊をふうふう(猫舌らしい)ちょぼちょぼとすすりはじめた肩越しにマウスを動かす。たちまち、びっしりと鳥肌が立った。物語を要約すると、令和の美少女が獣人の惑星に転生して、王族御用達の遊郭に売り飛ばされて、獅子の王子のたてがみプレイやら、尻尾七変化やらで嬲られまくる──。 「うう……うう……」  興奮したがゆえ呻き声が洩れたわけではない、むしろ真逆。どぎつい場面が濃厚な描写で延々と綴られているせいで、読み進めるうちに頭がぐらんぐらんしだした。  これは何系の試練だろう、と思う。世良とて健康な男子の常で、時折エロ動画のお世話になるが、好みはソフトな路線で、うっかり凌辱ものをチョイスしてしまうとウゲっとなる。  ヌケる、ヌケない、という以前に、設定自体に拒絶反応を起こす。などと馬鹿正直に感想を伝えたが最後、人格を否定されたと受け取られないとも限らなくて〝チンコでハンコ〟に暗雲を投げかけるのは困るよなあ……。  マウスが手汗ですべる。勃起度を計測するような熱っぽい視線が下腹(したばら)に突き刺さるから、なおさら。せわしなくスクロールして読みふけっているふうを装い、時間を稼いでいるうちに閃いた。  若草がピーッ! でピーッ! な方面に造詣が深いということは、言いかえれば交渉次第でこちらに有利な展開へ持っていけるということだ。  世良はキャップを脱ぎ、さりげなく股間にかぶせた。勃っちゃった、恥ずかしいから見ちゃ駄目よ、アピールだ。  もらい泣きの親戚にあたる、もらい勃ちを誘う餌を撒いた。いくら難攻不落の若草といえども、鉄壁のガードがゆるむ瞬間が必ず訪れるはずで、あとは根競べだ。

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