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第17話

 ひと昔前なら下ネタの飲み会の席でさえ、いわばアナルセックスがらみの話題を大っぴらに口にするのは(はばか)られたはず。だが、今や市民権を得たも同然だ。  ええじゃないか、と踊り狂うのが幕末に流行ったように、国力が衰退の一途をたどる現代において、国民の合い言葉は「楽しんだ者勝ち」。  (ふところ)が淋しくてピーピー言っているときに、もっとも手軽な娯楽はエロだ、というのが共通認識なのだ。精鋭部隊がその日のイチモツ談議でキャッキャうふふ盛りあがるのも、要はそういうご時世だからだ。 「ずるむけ、カリ高、下ぶくれ。世良ちゃんにばっこん! のはどんなん?」  小森が架空のマイクを口許に突きつけてきた。世良のチンコ語りは熱量がすさまじいうえ、下手なコントより笑えると大人気なのだ。若草に関しては黒星つづきでも、ここ数日、埋め合わせのように上質な〝チンコでハンコ〟に当たる率が高い。情報を共有する意味でもカクカクシカジカと披露におよぶ習わしなのだが、 「チンコ、チンコとお下劣きわまりない!」  ストローを銜え、吹き矢で獲物を仕留めるようにプッと飛ばした。それからベンチの上に仁王立ちになって、わめき散らす。 「おれなんか、おれなんか、推し客にいなされっぱなしでチンコのチの字さえ拝めていないんだあ!」  若草がああで、こうで云々かんぬん、と足踏み状態にじりじりしている現状について洗いざらいぶちまけた。  廃墟と化したように、更衣室が不気味な静けさに包まれてから数十秒後、宮内が皮肉たっぷりに言い放った。 「客本人に興味ありまくりって、つまんねえオチ。恋愛感情が入ってるの自覚しろよ」  それな、と世良を除く四人が一斉にうなずいた。世良はひと太刀浴びたかのごとくよろめき、座面を踏み外した。 「れっ、恋愛感情ぉ!?」 「若草さんとやらに夢中な感じ、ビシバシ伝わってくる。恋だ、恋だ、立派な恋だ、完全無欠の恋だ」    恋だ、のシュプレヒコールは高まる一方で、ロッカーを叩き、床を踏み鳴らす音が伴奏をつける。倉庫で仕分け作業を行う夜勤組の、その班長がうるさいと怒鳴りにきたほどのにぎやかさをよそに、世良は尻餅をついたままカチカチに固まった。  恋愛感情の四文字のそれぞれに羽が生えて、ヤブ蚊以上のしつこさで眼前を飛び交っている気がする。ないわあ、と呟いてヘラリと笑った。  ところが若草の面影が目の前をちらつくと寝そべって右へ左へ転がってしまうのは、なぜ? そう、胸がきゅんきゅんするあまり、じっとしていられないように。

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